「サンチョパンサの日記」では、機関紙などで紹介しきれない活動を紹介します。
サンチョパンサは、ご存知のようにドンキホーテの従者。ということは、もしかして、ボスのことをそう思っているのでは、と勘ぐるむきはどうぞご自由に。
まあ、戦後日本の無責任連鎖に向かって「責任の回復」や、「世直し」を大上段から訴え続けてきた姿は、風車に向かって突撃するドンキホーテに見えるかもしれませんが。

「見せます! いわき」 

12月20-21日、「若手農家がご案内 いわきで“第二のふるさと”探しの旅」に参加。 「東北食べる通信」にも登場した白石ファームと、白石さんとタッグを組む「とまとランド」元木さんをはじめとする、いわきの熱くてゆかいな仲間たちに会って来た。

白石ファーム

白石さんは以前から、土の力と植物の生きる力を最大限に引き出す自然農法に取り組んできた。とくに冬野菜は寒さのなかで、独特の甘みを増す。畑で食べたブロッコリーの茎は、まるで果物のような味わい。白石さんに言わせれば、「房は、おまけみたいなもの。本当においしいのは茎」。

そんな丹精こめた畑は、福島第一原発から37キロの地点にあり、原発事故の後、出荷を控えていた自慢の冬野菜は、すべて出荷停止となった。「このときは“終わったな”と思った」と。安全に問題がないとわかってからも、「福島産」というだけで受け入れてもらえない。

白石さん、元木さんなど生産者が自主的に放射能検査をしたり、首都圏などでの販売活動に奔走するのと平行して、いわき市も「見える化」プロジェクトを立ちあげる。他の産地のものと「同じ土俵」で消費者に判断してもらうため、検査結果の数値だけでなく、検査のプロセス全体も「見える化」する取り組みだ。

白石さんは、この畑が人が来てくれる場所に戻ったことが最大の幸せだと。野菜をお金に換えるだけでなく、人と人の縁を生む畑でありたい。それには自分たちで発信しないといけない。人のつながりさえあれば何とかなる、と。

とまとランド

とまとランド、元木専務は、白石さんとともにいわきの農業を引っ張るツートップといっていいだろう。白石さんが土づくりにこだわる自然農法なのに対して、元木さんはオランダ式といわれる「野菜工場」(こう言われることには違和感がある、とのことだが)で年間900トンのトマトを生産する、いわば「土を使わない農業」。

対極ともいえる栽培方法のお二人が、ガチに組むようになったのは3.11以降。それまでは農業者の集まりで顔を合わせる程度だったとのこと。風評被害を撥ね退けようと、放射能検査や首都圏での販売などに積極的に取り組み、飲みニュケーションを重ねるなかで、いわきの農業の発展、六次産業化をすすめるうえでの生産者側のツートップともいえる存在に。


とまとランドでは棚に並べたロックウールで苗を栽培、最適に管理された液肥を、最適なタイミングで供給。温度、湿度、CO2がセンサーで検知され、管理されている。受粉を行うハチの巣箱も。(左)

ここで使用する電気は、自家発電によってまかなう。追尾型の太陽光パネルが設置されていて、下にはブルーベリーを植えている。土壌汚染が心配されるため、こちらもオアシスを使った鉢植え栽培。

じつは3.11以前から、福島県内の耕作放棄地は全国でもトップクラスだったそうだ。だから「3.11以前に戻す」ではなく、新しい農業の姿を創りださないといけない。そのひとつの試みが、来年夏オープン予定のワンダーファーム。農業体験、加工・販売・飲食などの総合施設で、ここに地元の多数の農家を巻きこみたいとのこと。

元木さん曰く。かつてミラノでこんな運動がおこった。ミラノの野菜・農業を育てるために、まずシェフを育ててその地位を向上させ、その食材を通じて地元農家とともに農業を盛り上げた。そういううねりを起こしていきたい、と。

ここで「ゆかいな仲間たち」が登場。

「食べる通信」でも紹介された萩シェフは有名だが、他にもいわきの野菜を地元で提供するお店がいくつもある。2日間、お昼を用意してくれた「華正楼」の吉野さん、駅ビル内の「ベジカフェ」でスムージーを提供している池端さん、夜明け市場の居酒屋「旬゛平」(じゅんぺい)の草野さん…。

作っている畑のそばで、食材として提供する場がある意味は大きい。

夜明け市場は3.11で店を失った人や、いわきを盛り上げようとやってきた起業家によって誕生した飲食店街。すっかり寂れていた旧スナック街を、オーナーにかけあって借り受けた。同時に、これからのいわきを担う起業家を育てるために、「たたきあげジャパン」というNPOも活動する。代表の松本さん、マネージャーの高橋さんも、3.11後にいわきに戻ってきた人たちだ。

いわきの取り組みは、白石さん、元木さんといった生産者、地元の食材を地元で提供するシェフたち、それを盛り上げ、発信するデザイナーや建築家、「見える化」プロジェクトを推進する行政、3.11後にU・Iターンしてきた人たち、などによる「オールいわき」の取り組みといえるところに、大きなエネルギーを感じさせる。

2015年からは、さらにいわきを盛り上げるために「いわき野菜アンバサダー」も発足する。http://misemasu-iwaki.jp/iwaki_ambassador/index.html

いわき市には現在、双葉地域から約2万4千人が移住してきている。これは住民票で確認できる数なので、実際はもっと多いだろう。また福島第一の事故処理作業に携わる人たちも、多くはいわきから通っている。そのため不動産や飲食などでは、ある意味バブルの様相もある。

しかし今後、双葉地域で「帰還宣言」が続けば、原発事故作業の拠点はそちらに移っていくだろう。ここ数年の間に、農業の六次産業化も含めて、いわきの地域経済の「次」をどう準備できるか。「ゆかいな仲間たち」の視線には、そんな思いも感じ取れる。

20日の夜、「今のいわきには夜桜が咲く」と言われて「?」と思ったが、外に出て納得。街路樹にピンク色のイルミネーション。避難してきている人たちのために、桜で有名な富岡町の夜野森をイメージしたもで、ピンク色のLEDは珍しいのだそう。

2014年 望年会を開催 

恒例の望年会(今年の総括を「忘」れず、教訓として来年を展「望」する)を十12月23日に開催。「住民自治の涵養」「地域主体の地域再生」を軸に取り組んできた一年間の活動にふさわしく、報告、交流、歓談が繰り広げられた。

 戸田代表からは、時代の転換→次の方向が見えてくる段階にはいりつつあり、それゆえに次の方向を掴みつつあるところと、それが見えないところという新たな格差が顕在化してくること。問題は、そこから生じる不信を憎悪に増幅させない、新たな人間関係のマネジメント、そのための忍耐力が問われることが提起された。

 次の方向が見えても、分断されたままでは、新たな格差の固定化につながる。ここで必要なのは、当事者意識の喚起・涵養と、関係性の創出にほかならない。「どうなっており、どうなりうるか」というところで築いてきた自治の基盤を、このステージへと発展させること―七回大会で掲げた「新たな多数派形成」の方向性は、このように実践化されてきた。この総括の共有のうえに、八回大会(二〇一五年六月二十一日)を準備しよう。

 マニフェストを軸に統一地方選を準備してきた地方議員のなかからは、「はた迷惑」な総選挙でも、地域に軸足を置いて語ることができる可能性が、限界都市東京・首都圏で(さえ)も見えてきた。「候補者調整」という永田町の取引とは別の次元で、地域の党員・サポーターの討議を経て総選挙の取り組みを合意した、というところもある。国政では政党は必要だ、政党に所属している以上、国政選挙での活動は全力でやる、しかし自分の選挙では「○○党だから入れる」ではなく、「お前は地域に必要だから投票する」という関係性を構築してきた、していきたい、という表明が、バッジ組からはそれぞれの表現で語られた。

統一地方選、マニフェスト、バイオマスツアーなど話題は尽きない。

「一灯照隅」でも紹介しているように、一市民、一主権者としてバッジをつけ、議員活動をするというスタイルも、それぞれの特性に応じて多様になっている。議会基本条例やマニフェストも、地域の課題をみんなで解決するツールとしてどう使いこなせるか、というステージにはいりつつある。

 来る統一地方選では、東京と大阪の知事選がない。つまり永田町の代理戦争という要素を排して、地方の課題をきちんと問う選挙にできるかストレートに問われることになる。この統一地方選の総括と教訓を持って、第八回大会へ!

「望年会in京都」を開催 

12月11日、年末恒例の「望年会in京都」を開催。5年連続になる、村田晃嗣・同志社大学学長の特別講演の今年のテーマは『揺らぐ国際秩序と日米同盟』。いつも、示唆に富んだお話をいただくが、「市民社会レベルでの価値共有なくして持続可能な日米同盟はない」という、昨年に続く問題提起はますます重要に。

「日米中の間で本当に競争しなければならないのは、この十年ほどの間にどれだけ大胆に国内改革を進められるか」「それに成功した国が今世紀の残りで、より有利な地平に立つのではないか」(村田先生)ということだ。

まずは、前提認識としての「グローバル化」と「国際化」の峻別。「国際化は日米中の間でも可能だが、グローバル化とは地球規模で国境を越えて起こっている、誰にも止めることのできない社会的経済的現象」と端的に整理された。

「国際化」の範疇なら国や政府が中心的な役割を担うが、グローバル化の中で起こる諸問題に対しては国や政府はどれだけ「賢明な脇役」を演ずることができるかだ。では、我が国はグローバル化に対応したどのような主体的準備をしてきたか?「仕事と会社と業界の話しか興味がない人材」を日本の大学は営々と作ってきたが、これで通用するか?(わが政府は「人材」の訳をヒューマン・リソーシズという。英語で「HR」は企業の人事部のこと!)

つづいて、水平のレベルでのグローバル化(多様な価値観と人種、ジェンダーなどの多様性の承認。様々なマイノリティの人権の確立)と、タテ(垂直)のグローバル化(単一の基準でのランクづけなど)が双方急速に交差的にすすむ。これら二つのグローバルトレンドは互いに相矛盾する。そのような課題認識(感性)がわれわれにあるのかどうか?

戸田代表は、「この矛盾を直視することができなければ、不信の表明になる。不信の関係は次のステージにまで残るけれども、憎悪にエスカレーションしないための知恵がいる。日中関係はこの段階に入っている。住民自治のコミュニケーションやガバナンスも、本質は同じ」と望年会冒頭で指摘。

講演から聴講された門川京都市長からは、「知的刺激あふれるお話だった。京都市では来年、内外の人を集めてソーシャルイノベーションクラスターを創出する。30年後のことはわからないものだが、村田先生が言われたように、未来は予想するものではなく創造するもの」とご挨拶をいただいた。

総選挙の真っ只中にもかかわらず、のべ60名が講演会と懇親会に参加し、統一地方選挙をはじめとする来年を望む抱負を語り合った。

(杉原卓治)

香港民主化運動と日本の若者 

第145回東京・戸田代表を囲む会は、山田昌弘・中央大学教授をゲストスピーカーにお迎えして、12月10日開催。山田先生は、研究休暇で香港に滞在中。現地で見聞した香港民主化運動について、日本の若者との比較を交えてお話しいただいた。

 香港の道路占拠は11日、強制的に撤去され、運動はいったんは収束するものと思われる。しかし「これは始まりにすぎない」という横断幕に見られるように、民主化を求める動きは静かに、息長く続くだろう。

 かつて大陸中国に対して、経済的に圧倒的優位に立っていた香港は、今や上海、北京はもちろん天津にも抜かれるほど、その地位は凋落している。おまけに押し寄せる中国マネーによって、不動産をはじめ日常品までが高騰し、香港の「暮らしにくさ」は世界でもトップレベルになってしまった。  民主を求める運動は、香港のアイデンティティーを求める運動でもあり、それゆえの「静かな熱気」の持続性が感じられる。

 リーダーの一人、ジョシュア・ウォンは、「絶食宣言」でこう述べる。 「私は夢を笑われることを恐れてはいない。夢が敗れることのほうが恐ろしいし、もっと怖いのは夢を失うことだ。このような困難の時代に生まれた以上、責任がある。私たちは生き抜き、そして降伏しない。私たちは喜んで犠牲を払い、責任を負う。決して降伏はしない。私たちの未来は、自分たちで掴みとる」。

 台湾の「ひまわり」学生運動、香港の「雨傘革命」。大陸マネーによって生活が成り立っている人々が少なくない台湾、香港では、台頭する中国の圧力は、日本よりもはるかにリアルで切実だ。だが、それに対して「経済」「カネ目」の駆け引きではなく、「民主」として受けて立とうとする若者がおり、それに連動する社会がある。

 さて、日本はどうか。目先の経済や、パワー頼みに終始して、肝心なものが見えなくなっているうちに、民主主義(「欧米に追いつけ」の民主主義ではなく、自前で育てる民主主義)について、アジアの国々から学ばなければならない時代にはいりつつあるのではないか。

「気に入ったところがない」と棄権したり、「正社員が夢」という政党CMに呆れたりしている場合ではないだろう。

マニフェストは、さらに深化! 

12月4日、第144回東京・戸田代表を囲む会は、北川正恭・早稲田大学マニフェスト研究所所長をゲストスピーカーにお迎えして開催。来年の統一地方選に向けて、マニフェスト運動の到達点とさらなる深化について、熱く語られた。

北川先生は、1990年代くらいからの歴史的転換―冷戦の終焉とグローバル化、高度成長の終焉と人口減・少子高齢社会の到来―を背景に、公共領域のマネジメント転換が迫られてきたことを、四つの波して整理された。

第一の波は、いわゆる「政治とカネ」が行き着くところまで行き着いたところからの選挙制度改革。同時並行で行われたのが地方分権改革。派閥政治と中央集権からの転換である。

第二の波は、接待漬けの高級官僚への批判。政官業の癒着、既得権者による情報非公開からの転換が迫られる。

第三の波は、官官接待をやっていた地方行政への批判。裏ガネ問題に象徴される体質は、国に説明責任を果たすことに汲々としても、市民への説明責任は眼中にない。北川先生が三重県知事として取り組んだのは、これを市民に説明責任を果たす、生活者起点に転換することだった。

ここからマニフェスト運動が提起される。市民への説明責任を果たすスタート地点は選挙での公約である、と。選挙を「お願い」から「約束」に変えることで、約束がどこまで果たされたのか、次の選挙はその検証の場となるという、有権者と政治家の緊張関係を生み出す。そういう政治文化への転換である。

国政では散々なマニフェストだが、地方政治、地方選挙は確実に「お願いから約束へ」変わりつつある。

こうしたなかでの第四の波が、地方議会、地方議員へのバッシング。これも視点を変えれば、これまでは「あってもなくても同じ」と批判の対象にもならなかった地方議会、地方議員が、ようやく批判の対象として見られるようになった、ともいえる。これを地方議会、地方議員の役割、活動を可視化していくチャンスとすることが、来年の統一地方選の課題である。

10%台の得票で300議席超を獲得するという選挙は、たしかに危険な側面でもある。それは自治の基盤がない、都市部のユーレイから起こる危険だ。自治の基盤を育んできた地域が、その力で「お願いから約束へ」というまともな民主主義を広げられるか。来年の統一地方選は、その戦いでもある。

活かそう豊かな水資源〜自然エネルギーが拓く、地域の未来 

11月20日から22日、長野において「全国小水力発電サミット」が開催された。第五回となる今回は、開催地長野県が小水力発電に力を入れていることもあってか、これまでにも増して、実践的な取り組みに基づく活気に満ちた大会となった。

開催地の長野県では、「環境・エネルギー自立地域創造プロジェクト」を掲げて、自然エネルギーの普及・拡大に取り組んでいる。すでに域内の電力需要の七割を、地場の自然エネルギーで賄えている計算になるとのこと。とりわけ三千メートル級の山々に囲まれた地形では、水力発電のポテンシャルは非常に高い。これを地域が主体となって、いかに活かしていくか。県では「小水力発電キャラバン隊」を作って、これまで県が蓄積してきたノウハウや知見、あるいは方法論などを地域に伝え、地域の取り組みをさまざまな面から支援している。

基調講演を行った植田和弘・京都大学教授は、再エネの多面的機能を活かすこと、ならびに分権・参加・自治に基づく取り組みの重要性を述べられた。ちなみに植田先生が示した「コミュニティーパワー三原則」は以下のとおり。

@地域社会がエネルギーを作ることを担い(地域の利害関係者がプロジェクトの多数もしくはすべてを所有)

Aどこにどのように作るかを自ら決める(プロジェクトの意思決定はコミュニティーに基礎を置く組織による)

B事業から得られる社会的・経済的メリットを地域社会が得る(社会的・経済的便益の多数もしくはすべては地域に配分。

多様な事例報告から伺えることは、発電は目的ではなくツールにすぎない、ということ。適地に装置を置けば発電はできるが、それで得られるものは(売電収入も含め)たかが知れている。地域をどうしたいか、という意思があってはじめて、発電事業が活かされる。飯田市における地域住民主体の小水力発電事業は、そのひとつのモデルだろう。地域の合意形成のために、自治体は黒子に徹してサポートしたが、それはまさに「コミュニティーパワー三原則」に則ったものといえる。

 太陽光や風力に比べて水力は、水利権も含めて地域性が強い自然資源であり、地域の合意形成が不可欠となる。こうした合意形成は、「顔の見える」範囲で行われることが望ましいし、それによって手の届く範囲で実感できる事業もできる。

その意味で、小水力のなかでもマイクロ水力には大きな可能性があるといえるだろう。用水路でマイクロ発電を行い、それを畑の電気柵の電源とするような自家消費モデルは、かつて水車が地域の共有財産であったように、水利権の合意形成(地域の社会資本形成)、エネルギー代の流出防止(地域内再投資)、施設と地域社会の関係(オーナーシップ)、社会的便益(せっかく作った野菜が食い荒らされない→作る意欲)など、再エネ発電事業の多面的効用を、小規模ながら手作り感を伴って実感できるものではないだろうか。

須坂市における実証実験。用水路に水車を設置し、発電した電気を獣害対策の電気柵で使用する。

電気代が安くなるとか、売電していくら儲かるという話より、みんなで手をかけて何かを作る、その喜びが一番だ、というフロアからの声が、自然エネルギー事業の多面性を何よりも物語っているのかもしれない。

埼玉政経セミナー マニフェスト大賞優秀賞を受賞 

11月14日、第9回マニフェスト大賞において、市民と超党派の議員でつくる埼玉政経セミナー(代表・辻浩司越谷市議)が、マニフェスト大賞(議会の部)優秀賞を受賞した。最優秀賞こそ逃したが(最優秀賞は自由民主党横浜市議団)、これまでの地道な取り組みが評価されたもの。

埼玉政経セミナーは、越谷市を中心とした市民と議員のネットワーク。2011年の統一地方選挙で「統一ローカル・マニフェスト2011」を掲げ、賛同した超党派の市議議員候補8名(現職6名・新人2名)と、それを応援する県会議員候補2名(新人2名)が選挙戦を戦った。

選挙前の2010年を第1期、選挙後の2011年以降を第2期とし、マニフェスト実現のための議論や隔月でセミナーを各種実施。また、マニフェストの進捗状況と検証結果を年1回の「マニフェスト市民検証大会」で市民に公表しているほか、直近の第3回検証大会では、運営委員会での検証結果に対して、参加者が改めて評価を下す仕組みを導入。現在は来年の統一地方選挙に向けて、新しいマニフェストづくりを始めている。

埼玉政経セミナーの特徴は「超党派」の集まりであることと、それ以上に特徴的なのは、市民も議員も対等な立場で役割と責任を分担し、運営をしているという点。11月14日の受賞式でも、議員と市民がともに壇上に立った。 具体的な成果(マニフェストの実現)につなげることが今後の課題だ。(越谷での取り組みについては「日本再生」425号『一灯照隅』第89回を参照)。

揺らぐFIT? 市民発電事業のこれから 

第143回の東京・戸田代表を囲む会(11/19)は、「市民発電事業のこれから」について、飯田市・おひさま進歩エネルギーの原亮弘社長、東京の多摩電力合同会社・山川代表を軸に議論をした。  おりしも電力会社による再エネ接続保留と、それをきっかけに、買取制度そのものの後退につながりかねない議論が一部に浮上するという状況のなか、ドイツ視察の報告(詳細は「日本再生」427号に掲載)も交えつつ、FITの三年を振り返り、市民発電事業のこれからを考える議論となった。

地域で担い手をどう作るか。右から、山川・多摩電力代表、原・おひさま進歩社長、白川・越谷市議、内田・我孫子市議

おひさま進歩はFIT以前、RPS法のときから発電事業に取り組んでいる。「再エネに有利な制度」があるにこしたことはないが、今の仕組みのなかでどうやって再エネを伸ばしていけるか、に知恵を絞るというスタンス。太陽光は今後も広めるが、さらに豊富な森林資源を活かした熱供給にも取り組みたいと。  この取り組みを、「熱の民間FIT」と表現するように、原さんたちにとって「固定価格買取」とは、補助金の類に依存する買取ではなく、自分たちでお金を回す仕組みのことにほかならない。

 多摩電力の山川代表は、買取価格の低下は小規模な屋根貸し事業にとっては痛手であり、太陽光に関してはメガも小規模も一律の買取価格という制度の欠陥は明らかであるが、そのなかでも「どう生き延びるか」、知恵を絞ると。すでに太陽光については買取価格と、電力料金とが同じ程度にまで接近しているので、今後は自家消費モデルも考えられると。

 産総研の歌川さんからは、電力改革で、小売自由化、発送電分離が決まっている、はじめから「いい制度」になるとは限らないが、ドイツでも小売自由化によって、「高くても再エネを買いたい」という需要が可視化された、大きな流れとしてはそういう方向に動くのではないか、との指摘。 (詳細は「日本再生」427号)

 ドイツのように明確な方向性を決めることはできていないが、それでもエネルギーシフトは、行きつ戻りつ、遅々として進む。そのためにもこの選挙では、3.11以前には戻さない、という明確な意思を示そう。

シンポジウム「里山・林業の再生から地域再生・新しい地域経済を考える」 

十一月二十四日京都で、シンポジウム「里山・林業の再生から地域再生・新しい地域経済を考える」を「がんばろう、日本!」国民協議会、京都府電気工事工業協同組合、全京都建設協同組合の三者主催で開催。百四十名が四時間にわたる議論に参加した。

 川久保雄二郎・全京都建設協同組合代表理事による開会挨拶のあと、太田昇・真庭市長が「地域資源を活用した地域戦略」について講演。「第一次産業を正面に据え経済構造を変えていく」と、バイオマス産業杜市構想を披歴した。中島浩一郎・銘建工業社長からは、「FIT(固定価格買取制度)は地域社会のためにこそ活用できる」との本質が。来春稼働予定のバイオマス発電所を地域のエンジンとして、新しいフェーズの真庭にしたいとも。一方、欧州で「木材産業にイノベーションが起こっている」とのホットな報告も。「CLT(直交集成材)は生命と安全だけでなく全財産を守る」という定評もうまれているという。

第一部の最後には、公務の合間を縫ってかけつけた門川大作・京都市長から、ご挨拶をいただいた(市長は、第二部も引き続き聴講された)。

第二部のパネリストは、太田市長、中島社長、岩ア憲郎・高知県大豊町長、諸富徹・京大教授、前田武志・参院議員(司会は、石津事務局長)。「バイオマスエネルギーの利用は、森を生かすことで、森林の環境財としての価値をも高めている」との岩ア町長のお話に納得(「森の民として山を生かす」とも)。日本の林業にビジネスモデルはなかった(補助金はあったが)というのは中島社長。バイオマスの活用で利益を山元に返し、資源循環型の地域ビジネスモデルを造る。さらには、東アジア市場に目をやれば日本の木材産業は有力な輸出産業になると強調された。

「山に対する発想が変わりはじめた」という太田市長。真庭では若手の山林経営の後継者や、林業で働く若者がじわりと増えている(山は儲かる)。また、真庭市では山林の地籍調査が94%まで進んでいるというのも驚き!「山林を管理しない所有者に所有権なし」と言い切れるだけの努力がされている。これは1万kWのバイオマス発電を行うために、木材資源量調査の精度を、ヘリによる空撮での立体測量などで高めていることとも符合する。調査分析なくしてマネジメントなしだ。

 3・11で国民の意識も変わってきた。住宅政策も新築と消費一辺倒から、断熱・省エネ改修などを通じた、公共財としての価値を高めることに転換し、住宅の環境性能向上や健康配慮も進めることが、低炭素まちづくり基本法の趣旨である。前田議員は、全体の三分の一を占める民生のエネルギー消費を半減できれば、エネルギー問題のかなりの部分が解決すると強調された。空き家問題も「まちづくり」からアプローチする場合と、単なる「空き家対策」では全く違ってくる。

「地域の資源の活用、価値化の試みが軌道に乗りつつある」と評価されたのは、飯田市で地域環境権条例の策定・運用に深く関わられている諸富先生。自然資本、人材、資金をいかに効果的に組み合わせて、経済的余剰を生み出せるか。さらにこの価値を地域に再投資できるか。新しいフェーズの地域間競争の時代に入りつつある。

戸田代表からは「地域や人づくりの最少単位は百年。七〇年代から、当面当面で(将来世代につけを回して)やってきたことの最終形がアベノミクス。『失われた二十年』を、定常経済の基盤づくりのためにやってきたと言えるかどうか」と問題提起があった。

 最後に、藤井正・京都府電気工事工業協同組合代表理事から「京都の地域の財産を私たち自身が見直し活用しよう」と挨拶があり、懇親会へ。「戸田代表とはいろんなところでお目にかかる。同じ考えでいるからでしょう。同友会はエネルギーシフトを全国で進める」という、鋤柄修・中小企業家同友会全国協議会会長の乾杯の発声に続き、各地の自治体議員、地域起業家、青年学生が次々に発言。交流と親睦を深めた。

ドイツ エネルギー自立地域への挑戦 新しい市民エネルギーの動向 

 十月五日から十一日、MITエネルギービジョン社が開催するセミナーに参加、ドイツの市民エネルギーならびにエコ建築・都市政策について、視察してきた。MITエネルギービジョン社は、日本のエネルギーシフトを支援すべく、ドイツ、スイスで活躍する三人の日本人が設立したもの。http://www.mit-energy-vision.com/

 今回の視察のポイントのひとつは、自然エネルギーによるエネルギー自立地域への挑戦(ライン・フンスリュック郡/ジンメルン町、マスターハウゼン村およびボンドルフ村)。固定価格買取制度(FIT)による売電のみならず、地域のエネルギー供給(電気、熱)を自然エネルギーで自ら賄うことによって、これまで域外に流出していたお金を地域内に循環させる。工場の排熱や剪定材など、これまで「捨てられていた」地域内のあらゆる資源を生かす、さまざまな合わせ技の工夫が行われている。

 ドイツでは再エネの比率が30%に達するのに伴って、固定価格ではなく入札での買取へ、制度が改変されることになった。これによって、再エネの買取価格がさらに低下すると見られている。しかしこうしたエネルギー自立地域への試みは、すでにFITを離れて叢生し始めている。

 ボンドルフ村の熱供給施設。夏場は工場の排熱を利用、冬場は木質バイオマス。こうすることで、木質バイオマス資源の持続可能性も確保。太陽光発電は自家消費用。建設資金は地域住民の出資による。FITから離れて計画された。

ジンメルン町の熱供給システム。トウモロコシなど他と競合する木質バイオマスではなく、捨てられていた剪定材を使ったコジェネ。剪定材の収集、処理(均等でないため扱い難い)、施設の設計などを自前で研究開発し、ローコストで地域に最適なエネルギー自立システムを作り上げている。

マスターハウゼン村では、この地方で先駆けて風力発電を誘致。これによる収入で廃校を老人施設に改築、保育園とも隣り合わせて、カフェも併設するなど高齢化対策に再投資。さらに今後は地域熱供給に取り組む。意欲的に取り組んできた前町長は元エンジニアで、福島の事故にショックを受けたとのこと。町長は最近替わったが、町の方向は町民も議会も一致している。

 数多くの市民エネルギー協同組合の設立に携わってきたシュバルツ氏は、市民協同組合が集まって、自分たちで作った電気を自分たちで売るステージが始まったと述べた。ドイツにおいては、エネルギー転換自体にはすべての政党が賛成している。問題は「誰がやるのか」。大企業(北海の洋上風力やサハラ砂漠のメガソーラーなど)がやるのか、市民協同組合、自治体公社のような小さなプレイヤーがやるのか、にあると。

 日本には、ドイツの制度改変を固定価格買取制度の「失敗」と、意図的に捻じ曲げたい向きがあるが、再エネ比率30%=グリッドパリティー達成(再エネと既存電源が市場で対等に競争できる状態)以前と以後とで、政策課題が違ってくるのは当然だ。グリッドパリティー達成以前の日本は「育てる」ことが課題であり、参考にすべきは、グリッドパリティーを達成するためのドイツの試みであって、グリッドパリティー達成後の課題ではない。これを混同する論調には、注意しなければならない。

 とはいえ、市民エネルギーにとっては、将来的にはFITに依存しない長期戦略を視野に入れておくことも必要で、ドイツのエネルギー自立地域への試みは示唆に富んだものといえるだろう。

 FITの改変に伴ってもうひとつ興味深いのは、今回訪れたJuwi社とソーラーコンプレックス社という二つの再エネ会社の今後の経営戦略だ。いずれもエネルギー転換を推進することを目指す社会的企業だが、発電施設を開発して売却することで急成長してきたJuwi社は、買取価格の低下によって今後、経営戦略の転換を迫られるかもしれない。一方、自社で開発した発電設備を地域密着型で運営してきたソーラーコンプレックス社は、エネルギー自立地域の試みには、より親和的といえるのではないか。

 今回の視察のもうひとつの柱は、ドイツにおけるエコ建築と都市政策。日本でエコ建築というと、個人の戸建てをイメージしがちだが、フライブルグではひとつの地域を丸ごと、あるいは公営住宅を数棟丸ごと、パッシブハウス仕様(暖房に要するエネルギーがほぼゼロ)に改築し、まちそのものをリニューアルしている。省エネ改修はまず公営の賃貸住宅からはじめ、続いて分譲住宅(共同住宅)、最後に戸建てという順番で進めるべきとのこと。(写真は改修中の公営住宅。)

 住宅の省エネは、ドイツが掲げる二〇五〇年脱化石エネルギー計画の柱でもある。ドイツでは、新築住宅はパッシブハウスでないと建築許可が下りないが、二〇一〇年EU指令によって、二〇二〇年からはEU全体がそうなる。パッシブハウス改修ができるドイツの建築家、設計士、工務店は、フランスその他からひっぱりだこだそうだ。

 省エネとあわせて、例えばメインストリートにつながる小路をあえて行き止まりにして、歩行者優先の道をつくったり(子どもが路上で安心して遊べる)、路面電車の軌道を芝生にすることで電車の走行音を抑えたりと、様々なところに「暮らしやすさ」の工夫が凝らされている。。

 またドイツでは第二次大戦前のユダヤ人居住区(ゲットー)の反省もあって、一定の社会層や民族が集住するのではなく、さまざまな人々が集住する社会的統合の観点から住宅政策が行われている。公営住宅にはどうしても低所得層、移民が多く居住しがちであるが、省エネ改修の際に建物の間取りを含めて、多様な階層が入居するようにグレードアップする。家賃は高くなるが光熱費が大幅に下がるため、家賃プラス光熱費ではほとんど変わらないという。

 さまざまな人々が隣り合って暮らすため、小さないざこざは日常的にあるが、大きな暴動にまで発展するようなことはほとんどない、とのこと。住宅政策は、どんなまちを作るのかという、都市政策でもある。

 エネルギー転換とは、一極集中型から自立分散型への転換であるとともに、「田園回帰」といわれるような暮らし方の価値観の転換でもあることを痛感した。

 観光ゼロの日程だったが、ワイン農家でのワイン試飲のお楽しみも。有機栽培、手摘みで屋根にはソーラーパネル。ブドウ栽培から醸造、販売までを自前で行うワインは、数々の賞を受賞した優れもの。こだわりの少量生産のため市場には出回らず、地域内の直販と訪れるリピーターという「顔の見える関係」のなかで完売する。自家製のハム、ソーセージのおいしいこと!)。

「戦略なき夢遊病」? 

9月14日、通算で第102回となる講演会・シンポジウムを開催。今回のテーマは「国際情勢、外交」、タイトルは「緊張する東アジア情勢にどう向き合うか〜『戦略なき夢遊病』に陥らないために」。

第一次大戦から100周年を迎える。ナチスドイツ、大日本帝国という明確な現状対抗勢力が存在した第二次大戦に比べ、第一次大戦は地域紛争に主要国が「巻き込まれる」形で大戦に至ったとされる。「戦略なき夢遊病」とは、当時の主要国がズルズルと大戦にまで至ったプロセスを表現した言葉である。

「中国の台頭」「ウクライナの混乱とロシアの野心」「中東の液状化」「アメリカの相対化」などという形で表現される今日の国際情勢は、その意味で、第一次大戦を教訓とすべきではないか。今回のシンポジウムは、こうした問題意識を背景に開催された。

4時間に及ぶシンポジウムでは、諸要因が複雑に絡み合い、影響しあう国際情勢を、「○○はこうだ」という単純なステレオタイプで「分かったつもり」になる思考停止に喝をいれ、考え続けるための良質な材料が提起された。

日中韓の関係悪化は「いいこと」ではないのは確かだが、「反日」は日本人にとって、「わかったつもり」になるのではなく、「相手が何をどう考えているのか」を真剣に考えるきっかけにすべき、との中西先生の指摘は、その典型的な例だったといえるだろう。

世直しは、食なおし 

9月10日、第141回の東京・戸田代表を囲む会は「世直しは、食なおし。自分の暮らしを取り巻く環境に主体的に“参画”する」。ゲストスピーカーは、「東北食べる通信」を発行するNPO法人東北開墾http://kaikon.jp/代表、高橋博之さん。

「東北食べる通信」は、東北のとびっきりの生産者を紹介する「食べもの付き」情報誌(月刊)。生産者がどんな思い、どんな生き方で食べものをつくっているか。それを育む風土や歴史、コミュニティーなどの「物語」とともに、丹精こめてつくられた「食べもの」が届けられる。 受け取る消費者は、ただ「おいしい」(まいうー)ではなく、生産者とその地域に思いをはせて、食べものをいただく。「いただきます」という言葉とともに、生産者に対する敬意や感謝の念が湧き上がってくる。

「こんなふうにいただきました」という写真とともに、感謝の言葉がフェイスブックに投稿され、それを見た生産者は自分たちの生業に、誇りと自信を深める。

「食べる通信」は、そんな生産者と消費者のコミュニケーションツール。

高橋さんは、東京に出た後地元に帰り、県議になった。田舎と都会、双方を「かきまぜる」ことで、衰退の危機にある田舎にも、限界都市東京にも、新しい可能性が見えてくることを、さまざまな実例から力説。

ここでも大切なことは「当事者性」と「関係性」。「観客席からグラウンドに降りよう」と高橋さんはよびかけた。

三陸直送 「かき小屋 飛梅」プレオープン 

  被災から立ち上がろうとしている三陸の生産者さんたちを応援するべく、東京での販売拠点をめざす「かき小屋 飛梅」(神田西口)。 9月11日のオープンを前に、9日プレオープンのイベントが行われた。かきもホタテも「とびっきり」。どの生産者さんも品質には自信を持っているが、自分の家業だけではなく、地域の復興のためにも「ここでがんばりたい」と。

三陸の生産者さんたちもプレオープンにかけつけた。松野社長が紹介

震災で一度失った販路は、そう簡単には戻らない。東京で直に販売することで、新しい販路、市場を確保していくことが、ようやく戻りつつある生産を確実なものにしていくうえで、大きな力になるはずだ。 ぜひ、ご利用を! オープン当日の様子はコチラから http://www.musicsecurities.com/blog/community_news.php?ba=b10765a31313

この「焼き牡蠣」のおいしさときたら、ハンパじゃない!

「原発」を考えつづける人間力とは 〜記憶・責任・未来〜 

  8月30日京都で、第25回関西政経セミナーを開催。「コンセントの向こうはどうなっているのか〜3・11後の原発を、エネルギー自治の当事者として考える」をテーマに、64名の参加のもと4時間を超える議論を行った。

「福島第一原発の廃炉は、だれかにおまかせにできるものか? そのプロセスと付き合いきらなければならないのではないか」パネルディスカッションで、植田和弘・京大教授が鋭く問いかけた。

佐藤暁氏(原子力コンサルタント)によれば、東電による廃炉に関するオルタナティブ(代替案)募集の状況は、チェルノブイリの時(欧州銀行支援下、数百件の提案がされた)とくらべて、大変心もとないという。東電が責任を持つと言ってきた廃炉プロセスの「入り口の入り口」の汚染水処理でさえ、「技術的困難」を理由に、すでに国費が注入されている。責任と費用負担の問題がまったく不明瞭だ(総括原価方式で利益を確実に得て、ひとたび事故処理となれば国費負担!)。

「廃炉費用を、根拠をもって計算すると債務認識しないといけないので、あえてしていない可能性もある」と指摘したのは、大島堅一・立命館大学教授。銀行や生保が大株主になっている電力会社が破産してしまう“不都合な真実”には目をつむろうというものだ。生存権や人格権と経済活動の価値の比較はできないとした福井地裁判決を引くまでもなく、原発とエネルギーに関する政治決定は、人間の尊厳の問題を避けて通れない。将来のわれわれの社会と経済のありようを決する問題でもある。

3・11当時、原発事故後の住民避難指示について苦渋の決断をし、被害地元住民との膝詰のコミュニケーションにも腐心した福山哲郎・参議院議員(当時は官房副長官)からは、自治体が避難計画を立てるといってもそう簡単ではない、との教訓が事実に基づき率直にのべられた。 なぜ、フクシマを経験した日本社会に「避難計画のリアリティ」が教訓化され、蓄積しないのか? ちなみに、新・安全基準に避難計画の要件は入っていない。経験そのものはリアルであっても、人間は不都合なことは忘れる(目に入らない〜記憶にない)。ましてや、将来世代と、人間以外の生きものへの責任(人は生かされている〜地球共生の思想)なくして「未来への投資」という行動は生まれない。

今回のセミナーをつうじて、原発とエネルギー問題の国民的議論のための情報的基盤は依然、脆弱なままであることをあらためて痛感した。シンポジウム終了後の懇親会でも強調された「プロシューマー(エネルギーの企画・開発に携わる消費者)」となるテキストとして、『日本再生』の「エネルギーと自治」シンポジウム記事と共に、植田和弘先生の近著『緑のエネルギー原論』(岩波書店 2013年12月)をお勧めしたい。

(杉原卓治)

全国政策研究集会 2014IN千葉 報告 

  全国政策研究集会 2014IN千葉が、2014年8月8日〜9日の二日間、我孫子市の中央学院大学で開催された。

第一日目の全体会(鼎談、講演)の参加者は主催者の予想を超える250名以上。続く分科会(1日目、2日目)でも会場がいっぱいになり資料が不足するところもあった。全国から集まった自治体議員と、我孫子市を始めとする近隣市の市民、そして行政職員などの参加で行われた。

まず冒頭の鼎談「新たな地域づくりと市民合意」では、福嶋浩彦・中央学院大学教授、元我孫子市長からの発題を受けて、熊谷俊人・千葉市長、稲村和美・尼崎市長からの報告がされた。

福嶋さんからタイトルに即して「市民自治とは何か」という提起があった。「じっくり考えて最後は市長が(あるいは議会が)判断します、というのは全然市民自治ではない。選択と集中に際して何を選択して何に集中するかを決めるのは市民同士の議論で合意していくのがいちばん重要なことだ。行政はそういう市民同士の議論をコーディネートできるかどうかだ」。その後、自治体が直面している課題をめぐる両市長の報告と福嶋さんのコメントとして進行。

お二人の市長は阪神淡路大震災の時、それぞれ大学生、高校生として神戸に在住し、初めて自治ということに触れた共通体験をされている。市長としての出発点は、生活保護受給率県下一位(尼崎市)、情報公開度政令市最下位(千葉市)という事実を直視するところから。

そこから市民合意によるまちづくりとして、外部委員による事務事業評価に取り組まれたこと、続いて補助金廃止や財政制約の中での市民合意をどのように進めてこられたかの実例が紹介された。千葉市は「子ども医療費の軽減、無料化」、尼崎市は「市バスの民営化」や「中学校給食」などに関して。

尼崎市で「学びやすい学校の環境づくり」(給食やエアコン設置など)をテーマに6回のワークショップを開催(PTA、校長会、共働き・ひとり親、シニア世代などの一般市民が2回、中学生)。「いきなり『どう思いますか?』と聞かれても自分のオピニオンが形成されていない。給食でも自校方式をめざしてとか、フルスペックでとか、ずっと署名運動をされてきた方もいるわけで、いろんな考え方の人が一つの場にいるのが重要。そのための専門のファシリテーターを用意して、いっぱいいろんな意見を出していただくことにした」「お金がないない、と余り言いすぎると市民参加のやる気が失われる」(稲村市長)という発言が印象に残った。 「市民参加の第二ステージに来ている。プライド、自負心を無視して叩き斬っていくようなところから、相互理解が必要だなと思うようになった」とも。

福嶋さんのコメントは「私が市長時代は職員に『要求があったとき、お金がないということでことわってはいけない』と口を酸っぱくして言っていた。そして選択肢を示した時、案外市長は自分の意見は言わないものだが、ちゃんと市長がどう考えているかを表明することが大切」と。 さらに分科会のテーマに関わる討論として「未来にツケを回さない公共施設再生」に関する実践報告が続き、多くの人を当事者として議論するためのソーシャルメディアの活用へと発展し、さらに「教育委員会と首長がそれぞれ、いかに教育についての市民合意を作りだす機能を果たすか」の論議もされた。

最後に稲村市長は「クレーマーと言うが、市民とはそういう存在だ。いろいろな考えの人がまち中にあふれたらいい。職員の体質が変わらないといけない。」と述べられ、熊谷市長は「自分たちの居場所を自分たちのこととして考え、作っていく。その経験を最初にするのは学校。生徒会をよみがえらせる。その成功体験を子どもたちに渡していく」と述べられた。

福嶋さんは「市民自治とは本当に市民一人一人から出発すること。そこから対話して合意を作りだしていく。そうすべきだと言っているのではなく、私はそっちの方がいいということだ」とまとめられた。

講演は「放射能ホットスポットにおける市民自治」に関して2011年3月原発事故以降の緊急事態の中での市民、母親たち、生協の取り組みが木本さゆりさん(放射能からこどもを守ろう関東ネット共同代表)、大石光伸さん(常総生協副理事長)から紹介された。

一日目の分科会は、1)未来にツケを回さない公共施設再生 2)放射能汚染から子どもたちを守る 3)「首長の権限強化」で教育委員会制度はどう変わる がそれぞれ行われた。

二日目の分科会は、1)地域で安心して暮らし続けるまちへ 2)地域でつくる子育て支援 3)議会基本条例で問われるもの が行われた。

U-1の「地域で安心して暮らし続けるまちへ」では、元柏市職員で東京大学高齢社会総合研究機構の木村精一さんと、松戸市医師会の在宅ケア委員会委員長の島村善行医師が地域での実践の報告をされた

木村さんは福祉部長に就任した10年前の柏市は「40万人の人口のうち在宅医療を受けている人は4000人しかおらず、それもほとんど松戸から医師に来てもらっている状況だったことに驚いた」。そこから東大と柏市とURが共同で長寿社会におけるまちづくりの実験をしようと始まったのが柏プロジェクト。当初から明確にモデル地域を作る設定で始められた。プロジェクトの特徴は在宅医療のシステム作りに取り組んだと共に、リタイアした人の「就労」をもう一つの大きな柱として立てたこと。当時柏市の昭和21年生まれの男性7800人のうち、東京に勤務していた人が4000人に上っていた、この人たちの特徴としてリタイアしてスポーツクラブに通っても2、3か月で飽きる。少しでもいいから働きたいと。

これらの取り組みを市の総合計画の中に位置づけ、予算をつけ、人をつけて進めていった。事業を一切持たない課を福祉部の中に設け、職員は各ワーキンググループの事務局の仕事に徹した。「真のコーディネーターは行政がやるべき」と言い切る姿は、全国の自治体のモデルを作り上げたという熱意と自信にあふれていた。そしてすべてのセカンドライフの窓口を作るとして、国保の窓口に来る人の相談をすべて一つのプラットホームで受け入れ、交通整理とマッチングの事業を始めたとのこと。予算1千万円である団体に委託したが、「これが軌道に乗れば一億、二億使っても惜しくない」と語っておられた。

島村医師はかねてより松戸市の在宅医療の体制づくり(松戸三方よし大作戦)に尽力されてきた方。死亡場所の分類(2012年)によれば、「自宅で死亡」が全国では12.6%に対し、松戸市は16.5%という数字に成果の一端が表れている。医療と介護(医師会の中でのシステム作り、訪問診療、認知症窓口、在宅ケア委員会、歯科医師会、薬剤師会、訪問看護ステーションと地域包括支援センター、居宅介護支援事務所、通所、訪問介護、等々)の連携体制がデータ化され、高齢者数と地区社協区分図が一目瞭然のマップが紹介された。

そして島村先生が参加者の質問に答える場面は、とても存在感があった。認知症気味の女性に寄り添っている市議会議員、母を介護し妻を看取り、自らもガンの闘病中である男性、「在宅医療って大変なお金がかかるのでは」の質問など、実際の悩みに医療上の判断も含め明快なアドバイスをされていた。

分科会終了後、「指定廃棄物の一時保管場所見学・交流ツアー」に参加した。

会場からバスで指定廃棄物保管場所に向かう。このツアーのために「広域近隣住民連合会」(2012年9月、千葉県が建設する一時保管施設建設反対に賛同する我孫子市民22名で発足)の方々が車で駆けつけて案内してくださった。

「指定廃棄物」とは、「2011年3月の東電福島第一原発の事故によって放出された放射性物質がごみの焼却灰、下水汚泥、浄水発生土、稲わら・たい肥などに一定濃度を超えて付着・濃縮したもののうち、環境大臣が指定したもの(濃度は1s当たり8000ベクレルから10万ベクレル程度)」(当日配布された住民連合会の資料より)。千葉県には指定廃棄物が3,612t保管されており、そのうちこの一時保管場所に526tが保管されているとのこと。

保管場所の立地している地域自身が土壌が柔らかく、3.11の時は液状化は免れたものの目視でもわかるほど建物と地面の間に大きな隙間があいていた。強度が不安視されているテント倉庫が木立の間から見えた。手賀沼の上流の手賀川が保管場所から本当にすぐそばを流れており、氾濫するとこの土地は5メートル以上の浸水が想定されているそうだ。 住民は県、市への要請を繰り返してきたが、意見を全く無視して建築工事が始められ、総務省公害調停委員会への調停申請も不成立。現在は我孫子市、印西市の市民45名で千葉地裁に放射性廃棄物の撤去を求め県を提訴し、係争中である。

指定廃棄物問題についての経過と今後について、住民連合会の小林事務局長が詳細な資料をこの日の行動のために作成して下さった。最寄りの近隣センターでその説明を受けた。説明の最後に小林さんは「私たちはどこかへ持って行けとは言えないんです。どこかに持っていけばまた同じ問題が起きる。現在は保管方法を改善すること、袋を二重にして、口を密着することを求めています」と語られていた。

説明資料には「私たちの望み 放射能汚染ごみ焼却灰搬入以前の、安心できる生活環境を取り戻すこと」としるされている。「一時保管施設を作るならたとえ一時的でも住民が納得できる施設」「(どさくさ紛れにつくった)放射性物質汚染対処特措法の見直し 新たな被害を生まない 現在の仮保管を安全な状態にする」。そして国の最終処分場が2015年4月にできることを想定した現在の「一時保管」という状態は、2015年3月31日に終わって更地に戻すとなっているのだが、いまだ国民が納得できる最終処分の議論はなされていない。

我孫子の住民たちの取り組みは他人事でなく、私たちが受け止めていく課題だと改めて感じたツアーだった。

井上皆子

バイオマスツアー参加の感想「未来をどのように形づくるか?」 

  岡山県真庭市でのバイオマスツアーに参加をしました。7月31日・8月1日の盛夏の真っただ中ということもあり、大変な暑さでしたが、それ以上に参加者の熱意の方が熱かったかもしれません。

総勢35名が各地から岡山に集合し、二日間にわたって視察を行ないました。視察項目は10項目にも及びましたが、議員の行政調査ではあまり無い密度の濃い良い内容でした。  参考までに項目と概要を以下に列記します。

初日が、 @真庭市におけるバイオマス構想の概要説明(市バイオマス政策課長による説明) A銘建工業竃{社工場視察(中島社長による概要説明・バイオマス発電・ペレット製造施設・CLT工法製造工程) B勝山健康増進施設「水夢」視察(ペレット炊きボイラー使用施設) C清友園芸視察(農業用ビニールハウスペレット炊きボイラー見学)、 D湯原温泉BDF事業視察(BDF燃料製造工程説明、温泉街のエコ活動取り組み説明、BDF給油ステーション見学)です。

二日目は、 E富原の森100年生の美林視察(戸田代表の実家が長年保全に努めてきた美林)(写真左)

F勝山町並み保存地区散策

G製材所見学(山下木材にて製材所内見学・樹皮やおが屑を燃料にした木材の乾燥工程視察

H真庭市役所新庁舎視察(バイオマスボイラー・地域資源の庁舎活用・太陽光発電や電気自動車充電器

I真庭バイオマス集積基地視察(バイオマス原料の安定供給を目的とした集積施設にて作業見学)です。

いくつかの説明の中で出てきた話が、熱エネルギーでは灯油1リットルと木材2sが等しいということです。その上で価格(調達コスト)を比較すると、灯油1リットルは現状100円、ペレットは1s20円で2sでは40円であり、木材を燃料とすればコストは半分で済むということです。(写真右 ペレットストーブ@銘建工業)

視察先Aの銘建工業は、木材を加工する過程に出る端材などでペレットを生産していますが、そのペレットは視察先BCなどで活用されます。 例えばBの水夢は室内プール施設ですが、ペレット対応の1000万円のボイラーを2機入れて燃やしています。通常のボイラーだと100万円程度なので、初期投資は高くつきますが、燃料費が安いため、おおむね6年程度で差額は回収出来るとのことです。

またH真庭市役所新庁舎では、チップを原料に庁内の冷暖房を効かせる施設を整備したほか、ペレットの普及のために、一般家庭用ストーブへの助成金を出す取組みや、工場・農家などへの助成をしています。

現在は来年4月稼働に向けてバイオマス発電施設を、Iに隣接する場所に建設中です。その原材料はIなどで製造されることになりますが、Eの戸田代表の実家に代表される、市内全域の森林から余すところなく有効に活用していく姿が見て取れました。(写真左 集積基地でのチップ製造)

日本は全国各地に森林があります。越谷には森林地帯はありませんが、埼玉県の西部には森林地帯となっています。森を整備することは、単に森だけに留まりません。大気の浄化もありますし、水資源の保全も、このことによって行なわれます。 山からの養分が川に流れ、海に流れます。そして豊かな漁場を生み出します。山の恵みをどのように生かすか、また山・水・川・海・そして大気という自然環境を活かして、どのように持続可能な社会を構築するか、山にも入り感じた次第です。

付記:肌がすべすべになる湯原温泉の効能は、言葉が滑らかになるという効能もあるようです。宿泊先である「湯快感 花やしき」では、深夜午前2時まで深い議論が熱心に行なわれました。

越谷市議会議員 菊地貴光

2015年統一地方選をどう準備するか 

  第140回 東京・戸田代表を囲む会を7月21日に開催。今回は「特別編」ということで、 廣瀬克哉先生をゲストスピーカーにお迎えし、会員議員を中心に4時間超、討議した。 論点は以下の3点。。

@住民自治の当事者意識を涵養するローカルマニフェストの深化とは  ローカルマニフェストの「次のステージ」の性格、方向性について A議員力、議会力のみがき方  議会改革、議会報告会などの到達点、課題、可能性… B議会で「新しい現実」を創れるか  縮小時代に地域の未来をどうつくるか。  21世紀の課題に地域からどう向き合うか。etc

廣瀬先生の問題提起を受け、質疑・報告・意見交換、戸田代表のコメントという形で、大きく三巡した。

廣瀬先生は、来年の統一地方選の最大の特徴は、東京都知事選がないことだと。すなわち永田町の代理戦争のような目くらまし抜きに、地域の課題をどう取り上げ、どういう合意形成を図るかという地力がストレートに問われる、ということだ。 人口減・少子高齢化の影響は、都市部でも田舎でも急速な変化として現れている。東京も2021年からは人口減少が始まると予測される。2019年統一地方選は、否応なくその現実に向き合うことになる。 それに備えて2015年には、どこまでの合意形成を準備しておく必要があるのか、そのために議員・議会には何が求められるのか。そういうことから、来年の統一地方選を準備していこう。

市民と議員の条例づくり交流会議2014年 

  市民と議員の条例づくり交流会議2014年が、7月26日(土)、27日(日)の両日「議会で未来をつくれるのか?」をメインテーマに法政大学で開催されました。 毎年この時期に全国の地方議員や市民が参加しており、今回で14回目。市民72名、議員83名の合計155名でした。

まず初日には、基調提起として廣瀬克哉法政大学教授から、「行財政縮小時代に地域の未来をどうつくる?自治体の将来ビジョンをどの様に選び、実現していくのか 議会はこの課題を担えるのか?」題して講演。この中で、議会という合議体ならではの役割は果たせているのか?と問題提起

議会では、ともすれば合意形成が「主目的」になりがちだが、論点の立体化のためには少数意見の尊重が重要で、そこには多角的な視点による論議が求められる。 さらに「発見の瞬間」を共有出来る場面としての審議が特徴で、動的な話し言葉による伝達が必要となる。これらを踏まえた整理・集約を通した論点、争点を明示した決着へと繋がることが、議会の役割と強調された。

次に「自律自治体の構築と自治・議会・計画の3条例―議会にとっての大きな意義―」をテーマに、神原勝北海道大学名誉教授の講演。その中で自治基本条例に関して、“生きる自治基本条例“にしていくためには、総合型自治基本条例が必要で、それは自治基本条例プラス関連条例の整備(例えば市民参加条例、議会基本条例、総合計画条例、財務規律条例等)の制定が不可欠である事を強調された。つまり関連条例の整備なき自治基本条例(単独型)は効果が少ない、とのこと。

また、最高規範性をもつ自治基本条例を根拠規定に、関連条例を制定しなければならないが、それは政策運営の基準である総合計画条例と、代表制運営基準である議会基本条例の二つに大きく分かれる。この場合、議会基本条例は議会側のルールという位置付けではなく、市長・執行部機関との関係性で決定システムであることが重要である、と付言された。

次にローカルマニフェスト推進ネットワーク九州代表の神吉信之氏から「選挙による選択 とマニフェスト型自治体運営」のテーマで報告があった。ここでは九州各地での首長マニフエストの策定や公開討論会、さらには、選挙後の検証大会など、県では5件、市町では29市もの取り組みが紹介された。

これらの問題提起、講演を受けてパネルディスカッションが行われました。パネリストは、上記3人の講師に、東京財団の中尾修氏が登壇しました。コーディネーターは法政大学廣瀬克哉先生。。

また、今回から会場では参加者が最初から5人程度のテーブルに分かれ、講演や報告を受けて随時、各テーブルで話しあいをしながら問題点や気づきを共有する方式をとりました。

私のテーブルは会津若松市議会の元議長の目黒議員が座長でしたので、問題意識の低い議員がどの様なやり方で議会改革や市民に向き合う様になったのか、実践報告の場となりました。 目黒議員は、まずどんな形式でも、議会が組織として市民に報告会や広聴活動に取り組むことが重要である、と話されました。さらに最初から議員同士の話合いといっても、中々すすまないので専門家(学者や研究者)を活用して、議会全体や常任委員会で頻繁に講演、指摘してもらうことが大きい。この費用はこれまで、県外調査費の半分を充当しているとのことでした。 さらに議会の機関として公報・広聴委員会が、市民からの要求や政策提言を整理して、各常任委員会の討議課題とするなど、政策立案、実行がシステム化されていることが極めて大きいと感じました。

最後に会場を移動して交流会が開催されました。最近議会改革で注目されている東村山市議会の佐藤議員があいさつにたち、この間の議会改革の苦労話を披瀝されました。少数派の議員として、常に“正しく”それ以外の議員を批判し続けて来たが、そのためにますます孤立していった。そんな時目黒議員から「2・2.6の方程式があり、まず共有できる議員と仲良くなること。批判ばかりしないで黒子に徹すること」と助言され、自分自身が変わっていくことに応じて議会改革が進むようになった来たと話し、会場の大きな拍手を浴びていました。

二日目は、「公共施設等総合管理計画―縮小時代の未来を市民・議会・行政でどうつくる」 をテーマに、まず基調提起で、菅原敏夫地方自治総合研究所が講演。 本年6月の国会で地方財政法が改正され、自治体の公共施設の解体(除却)の費用にも借金をすることが出来るようになった。これは自財法の借金の例外規定である公共施設建設のための規定に、さらに例外規定を設けることになってしまう。建設の場合は、次の世代への資産や公平として説明されて来たが、解体では更地が残るだけとなり問題だ。しかも議会の議決行為があいまいに運用されかねない状態となっている、と問題提起された。

これを受けて「新しい公共施設・利活用のカタチ・デザインワークショップで学校体育館を新庁舎へー」と題して、市長選挙をこのテーマで戦い当選された本川祐治郎氷見市長が報告。 続いて「公共施設を市民とともにつくりあげるー鶴ヶ島プロジュクト?/これからの合意形成とそのプロセスのあり方」と題して、藤縄義朗埼玉県鶴ヶ島市長が報告。さらに「都市をたたむ技術?参加と納得の合意形成のための手法」と題して、饗庭伸首都大学東京准教授から報告。

その後、廣瀬先生がコーデイネイターとなって、パネルデスカッションとなった。 パネラーに共通しているのは、市民が人口減少を前提として、縮小型のまちづくりにどう当事者として参加していくのか。またその意識形成は、構想の段階から市民が主体的に参加するプロセスを公開し、次々と変更しても多様な選択肢と納得感が大切である、と言うことだった。現状では、市民が参加すればするほど、議会の関わりが薄くなって行く現実があるが、むしろ議会や議員の役割は高くなってる、というものだった。

未来から吹いて来る風を受けて、持続可能な地域社会にどうつくり変えていくのか、総合振興計画の位置づけから実行条例の策定や、そのために合意形成能力をどのように培うのか、その時議会はどこまで責任を果たす事が出来るのか。まさに日常的に自治意識の涵養をどう図るのか、という課題への挑戦が各分野で始まっていることを実感させるセミナーでした。

立憲主義の当事者意識を涵養する憲法改正の論じ方とは?  

  7月14日、戸田代表を囲む会in京都を54名の参加で開催。 前回かなわなかった、小林節先生を京都にお迎えする待望の「囲む会」が実現した。

おりしも、「閣議決定による憲法解釈の変更」をめぐる衆院予算委員会での集中審議当日。 23回目を数えるこの日の京都での「囲む会」は、数年ぶりの参加者も交え大いに盛り上がった。

前半は、日本国憲法の歴史的な形成過程がわかりやすく説かれたあと、前日の滋賀県知事選挙の分析にも触れながら、小林先生と戸田代表によって対談風に立憲主義の核心が語られていった。

フロアからの質疑は、この対談に自然体で絡んで発せられ「憲法によって縛られるべき権力者がその解釈変更を行うなどありえない。六法のうちの憲法と他の法の違いの意味を国民自身がより深く理解するにはどのような論の立て方が有効か?」など、主権者の憲法改正の論じ方の“作法”にもとづいた「知的にかみ合った」(小林先生)実践的議論がすすめられた。

8月30日には、「エネルギー自治の当事者として3・11後の原発を考える」シンポジウムを京都で開催する。

南三陸町志津川地区を訪れて  

  6月22日、23日に東大和市「うまかんべぇ〜祭」参加団体「南親会」の親睦旅行で東北地方へ赴いた。「南親会」ではかねてから被災地に旅行に行こうと話していたが、2月の福島(会津若松から塩屋岬、小名浜)行きは記録的な大雪で中止になり、今回の企画で実現した。 平泉中尊寺から南三陸に向かい「南三陸ホテル観洋」に一泊、翌朝はホテルが毎朝運行している「語り部バス」に乗車、被災当日から宿泊客の避難生活に寄り添ってきた伊藤さん(ホテル渉外部長)が語り部として3.11から今日までの道のりを語ってくれた。

平泉から登米市を通って、南三陸町に入ると見渡す限り雑草の生えた平地になった旧街並みと、海に向かう川(震災時は海からの津波が川に沿って水門を壊して侵入)、かさ上げされつつある台地と、ところどころに見える建物、そして「さんさん商店街」も目に飛び込んできた。

ホテル観洋に到着するとロビーには、3.11直後からホテル挙げて宿泊客保護に当たり、震災から7日目に宿泊客全員を送り出した取り組み、その後も給水支援やゆかりのボランティア団体の活動・医療支援の拠点として、また5月からは二次避難所として地元住民600名を受け入れ、役割を担っていった経緯が写真展示されていた。ホテルの4階まで浸水したとのこと。

翌朝の「語り部バス」では、校長、教師の話し合いの中で下された判断によって小学生が高台の五十鈴神社に移動、寒さの中で卒業式のため練習中だった「旅立ちの歌」を歌いながら一夜を明かし、全員無事だった戸倉小学校の跡地、仮設住宅が立ち並んでいるため傍まで接近はしなかったが戸倉中学校の跡地、再び中心地に戻って震災遺構として保存することが検討されている南三陸町防災庁舎、そしてホテル観洋のオーナーが私財を投じても残す決意をしている「高野会館」を回った。

もとより傍観者としての記念撮影的なものは抑制されていたが、バスの中から体験者の話を聞き、雑草の生えた平地やところどころにあるかさ上げ中の台地を見る中で、被災と復興の実際について伺い知ることができた。

バスの中では「この地域は亡くなった人が何人」「この家は奇跡的に流されず、他の地域に家屋を移転して残すようだ」「ここにはようやく家が建ち始めた」など、この地に住んでいる人ならではの細かい説明を伺った。200人の集落で亡くなった人が50人という地域は、海沿いではなくむしろ海の見えない地域だった、海沿いの地域では日ごろ訓練を繰り返し、逃げる場所も決められていたのでむしろ被害は少なかったと。

「語り部」伊藤さんが最後に言っていたのは「とにかく南三陸に来てほしい」ということ。南三陸町2011年2月の人口17,666人、世帯数5,362世帯から、現在は14,370人、4,692世帯。(2014年6月末。うち仮設住宅入居が5,000人余〜これだけは2013年3月時の数値)。  「南三陸は水産と観光業でやっていくしかない。まだ復興には時間がかかる。一人でも多くの人が来てほしい。被災者が沢山いる町に旅行とか申し訳ないと思わないで、とにかく皆さんで来てほしい。そして今日聞いたことを多くの人に伝えてほしい」と。

 南親会のメンバーには地域の自主防災組織で活動している人が何人もいる。今後夜間に災害が起こった時にどう行動するか、障がい者、高齢者への対応など、さまざまに実地で教えられる旅だった

6月23日の「河北新報」トップには、「津波犠牲者率 海が見える地区『低い』 防潮堤議論に一石」との記事が載せられている。大学教授の研究グループで行った調査。南三陸町と石巻市を対象に行政区ごとの居住者数と犠牲者数、到達した津波の高さなどを調べ、統計分析を行った。南三陸町で津波が到達した行政区の犠牲者率は、海が見える35区が約4%だったのに対し、見えない10区は約16%だったとのこと。

統一ローカルマニフェスト市民検証大会@越谷 

  来年の市会議員選挙まで1年をきりましたが、7月6日、越谷市中央市民会館で、統一ローカルマニフェスト2011(3年前の市会議員選挙で超党派の市議候補が掲げた共通政策)を毎年市民が検証する、第3回市民検証大会が開催されました。 えてしてマニフェストの検証大会は、首長や議員の自己満足や手前みそになりやすいものですが、政経セミナー運営委員会では、文字通り参加した市民が、検証結果の判定を全員で行いました。

3つのチームが3つの政策(新しい仕組み、新しい公共、新しい豊かさ)の検証結果を報告、説明。プレゼンティーションの能力も問われた。。

結果としては、数人の市民が不認定の表示をしましたが、是となりました。全会一致でないことの方が、意味があるものです。報告者(市民と議員による3つのチーム)の説明・提案や、会場からの質問、意見交換会など、3時間にもわたるものでしたが、終始集中が途切れることがありませんでした。 参加した市民の数も多さや、さらに多様な顔ぶれの市民が参加したことが、越谷市における小さな公共空間のようでした。

写真右 意見交換 会場では5つのグループにわかれ、さらに検証が続いた。

写真 判定 市民が検証結果の判定のため、○(グリーン紙)×(イエロー紙)を上げて最終決定となった。

高齢者はもちろん、子育て中の人(小さな赤ちゃんを抱いてのお母さんも含めて)、現役の働く世代、独身の男女、他市の地方議員など多種彩々だったのです。そして、最後の閉会のあいさつに立った名倉さん(20代の女性)の言葉は、よくありがちな自分の主張だけをするという内容ではなく、常に市民が社会の一員であることを意識して、その責任をともに共有しましょう、というトーンとなりました。 会場は静かに、そして時にはうなずきながら、時に微笑みながら社会形成資本を自分達自身が作り出していく、当事者意識が涵養されていく舞台となったのです。

以下は名倉さんのあいさつ原稿

政経セミナー 第2期 特別講座 第17回閉会挨拶(名倉 瞳)本日は暑い中、御参加頂き有難うございました。 ...本日の検証大会は、埼玉政経セミナーとしての3年間の集大成です。議員の方々にとって、会派を超えて行動をすることは相当な苦労があったことと思います。しかし今の越谷をなんとか変えねばという共通した思いがあったからこそ、多様な市民と協力して本日を迎えられました。

8名の議員の方々と、市民の手によって開かれたこの場に出て、どのような意見も受け止め、説得し、皆で前に進もうと頑張って下さり、本当に有難うございます。そして本日の検証に携わって下さった市民の皆様、自ら進んでご参加頂き誠に有難うございます。

よく、「子どもたちのために」という魔法の言葉を耳にします。「子どもたちのために通学路に歩道を作れ」、「子どもたちのために医療費をタダにしろ」。これらは賛成出来る部分もありますが、本当に子どもたちのためを考えて下さっているのか疑問に思うことがあります。 越谷市の借金は増え、お金は出て行くばかりの現在。何かを行政がやろうとすると、お金を払うのは現役世代中心です。借金に至っては、子ども、孫、これから生まれてくる子孫たちです。

しかし、選挙を通して社会に大きな声を出せるのは、築き上げてきた長年の信頼がある、私たち20代よりももっと上の世代の方々です。私たち若い世代はどんな苦労をしても、どんなに信頼して頂けるよう努力をしても、社会の先輩方に許可を頂けない限り社会に声を反映させることは出来ません。

定年を迎えられた皆様にとってこれからの時間は、仕事や家庭で培った技術や知識を自宅の周り、「地域」で活かせることが増えるでしょう。「子どもたちのために」を実行するには、自分のためではなく、お金のためではなく、人のためにと頑張る姿を見せて頂けることこそが一番重要なことと、短い人生の中ですが実感しています。

皆様、困った事がありましたら、役所や市長、議員になんとかしてもらおうとする前に、一個人として、一社会の一員として何なら出来るのか、何なら負担することが出来るのか、これまでの人生で培った経験を活かしてみて下さい。歳をとったから何も出来ないのではなく、歳をとったからこそ出来ることがたくさんあります。そうして頑張っている姿を見せて頂けることが、数年後、数十年後、誰かが越谷市を誇りに思う一因となるでしょう。

参加者の皆様、今夜は是非ご家庭で本日のことをお話しになり、そして、「あの問題はどうなっているの」、「あなたはどう思うの」と、議会や市役所などに問い掛け、広い視野から「自分たちの暮らす越谷市はこんななんだよ」と、周りの方にお話し下さい。そして他の方と摺り合せた意見をまた次の政経セミナーにお持ち下さい。 以上、閉会の挨拶とさせて頂きます。皆様、本日の御参加、誠に有難うございました。

おひさま発電・こしがやプロジェクト(普及啓発発動報告) 

 【おひさま発電の取組】

おひさま発電・こしがやプロジェクトは、本年3月1日の点灯式を開催した大袋幼稚園への太陽光パネル設置を終えて、次のパネル設置に向けて活動を継続させています。その一環として、コンセントの先を可視化し、コンセントの前に電気ショックを与える普及啓発活動を開始しています。今回は6月1日に越谷駅東口において国際交流イベントが開催され、当プロジェクトチームも初参加いたしました。その取り組みとイベント出店についてご報告いたします。

このイベントは多文化共生や異文化体験を通じて、外国人と日本人が幅広くお互いに知り合える場所として企画されたもので越谷市国際交流協会が主催した初めてのイベントでした。大まかにいうと小規模の市民祭りをイメージしていただければと思います。ここに私たちも出店し、自然エネルギーを題材にした、おもちゃと塗り絵で子供たちと触れ合う場を設けました。

【国際交流フェスティバルにて】

寄付活動以外での普及啓発は初めての試みとなりましたが、当日は太陽光発電日和で、総勢16名の会員が集合し、600名を超える来場者へのアプローチ、塗り絵を通じたビラ配布300枚と大盛況となり、時間いっぱいまで普及啓発を進める事が出来ました。ちょっと見は子供たちと遊んでいるだけに見えましたが、手回し自家発電のおもちゃによって、発電の大変さや電気の大切さをアピールし、環境活動を広げる事が出来ました。

特に太陽光発電と風力発電は子供たちの“なんで”を引き出す力があります。知識として持っている事も大事ですが、体感することで圧倒的な納得感を引き出す効果があるので、これをうまく使う事で、電気その物への認識が子供も大人も変化したことは大きな一歩でした。

【面白い出来事】

そんな子供たちとのふれあいの中で面白い出来事を2つ紹介します。一つ目は、子供が一生懸命手回し発電で扇風機を回している時に「涼しくなった?これなら自分で頑張って発電すれば、東京電力から電気は買わなくていいですね」という会員の言葉に対してお母さんから「え?買わない?そうかも」という返答があり、ひらめいたとばかりに会員が「つまり、自分で電気を作れば買わなくていいんですよ、越谷市は日照時間が長く太陽光発電に最適で家庭でも出来ますよ」と言いました。何気ない会話ですが、コンセントの先に東京電力以外が存在しなかった現実から初めて離すことができた瞬間だと感じています。

二つ目は塗り絵の最中にお母さんから「バイオマス発電って子供になんて説明したらいいんでしょう?」という質問を受けて説明をし「薪でも電気が出来るんだ」という気づきを含めて、みんなで自然エネルギーを考える空間が生まれました。もちろんこれで設置が進むわけではありませんが、自分達の現状や未来を考える空間を“楽しかった”という感覚と一緒に日常化することができたことは大変重要だったのではないでしょうか。

【今後の活動について】

この様な取り組みで、越谷市内で電気の供給者を作っていく事が出来れば、それが循環型エネルギーの創出であり、私たちの目指す構造にほかなりません。電気も“入り”と“出”のバランスが必要で、片方だけでは解決できないことです。特に夏場の電気は我慢だけで乗り切るものでも化石燃料に頼って花火を上げていくものでもありません。ですから、当チームでは市民が自分で選べる多様な選択肢を提案し続け、お金もエネルギーも地域循環型にし、自治の力を発揮していきたいと思います。会員の皆様も長時間の運営で大変でしたが、会員が自ら進んで役割を担い“子供や越谷市の為”をキーワードに世代を超えた共有感が持てた事は、今後の支えになると感じています。私たちにとっての新しい担い手は本当に身近にいるのかもしれません。

10年1日の活動を、担う喜びと苦しみ。14時間マラソン演説会を完走して 

第10回となる14時間マラソン演説会は、5月27日小雨降るなか白川議員の地元、せんげん台東口で早朝6時にスタートし、午後8時まで開催されました。
当選以来毎年この時期に開催してきており、今回で連続10年となる恒例行事となっています。
当初は白川議員の全面的な準備と当日進行等が担われていましたが、(従って白川議員がほぼ14時間一人でマイクを握っての演説会でした)二期目の当選のころから「チーム白川」の年間行事として取り組みを深めて来ました。

この間の継続的な開催により、白川議員の活動報告という位置づけから、今日では主権者たる議員や市民が統一的なテーマに沿ってそれぞれの立ち位置から発言・参加する様に変化して来ました。
また参加の仕方も、演説やチラシ配布だけでなく、一口メッセージや激励など、多様な参加形態を持つようになりました。

しかし、それだけに原稿のお願いや当日のスピーカーの配置、配布チラシの掲載内容の作成や精査、当日の進行、終了後のフォローと、少ないスタッフでの活動に負荷がかかってきています。(当然ですがチーム白川の年間計画では、定期総会開催を始め毎月のタウンミーィング、各種市政報告会等の企画や運営、定期会報の発行、会員の拡大と会費徴集なども日々実行しています)
この様な活動の中でも、14時間マラソン演説会は、肉体、精神両面で最も過酷なイベントになっています。
白川議員と当日行動を共にする事務局の市民は、ある種、年1回の修行の場であり、自らを試し、試される空間でもあります。

当初から「議員と市民による新たな活動の可視化」と「議会と向き合う市民運動」という目標に向かって、ひたすら演説会参加の市民が一般の市民へ越谷の現状や課題を問いかけます。
また議員は、自らの活動を通じて主権者市民の責任を問うという、市民の主体性をメインテーマとして、選択と責任を発信していく演説会となりました。(議員の参加は、白川議員の所属会派は勿論、会派や党派を超えての参加で、県会議員や県内地方議員もマイクを握っています)

今回のテーマは、「越谷がどうなっており、どうなりうるか、将来に投資する社会をもう一歩前に!」と設定し、このテーマでどこまで伝えきれるのかが、課題でした。議員や市民が語る越谷の現状は、各々表現や発信力は違っているものの、マイクを通しての呼びかけやチラシ配りの一瞬、一瞬に手渡す側と受け取る側の思いの交換と反応を感じながらの14時間でした。
今回配布されたチラシは、朝用「おはようございます。お気をつけて行ってらっしゃい」1,000部、昼用「こんにちは」400部、夜用「お帰りなさい」400部で、各々早朝6時〜11時、11時〜16時、16〜20時と区分けされて配布されました。
早朝、激しい降雨状態の中テント張り、マイクセッティングを済ませ、白川議員の演説を皮切りにチラシの通勤客の受け取りの心配をしながらのスタートでした。

しかしチラシを受け取ってくれる人の数や、声をかけて行く人の反応が昨年より多く感じられたことは、過酷な活動を担ってきたチーム白川にとっては、何よりも勇気づけられるものでした。
時間が経つにつれて駅頭は、雨ということもありラッシュ状態となりましたが、開催側が10回の経験なら、駅利用の市民も見慣れた風景なのかもしれません。
足早にホームに駆け込むサラリーマンは、横目で演題や横断幕に視線を送り、白川議員の毎日の朝街宣が重なり激励の声をかけていく中年のサラリーマンの姿も多く、手にはチラシが握られているのです。
こんな風景が展開されていることを目にすることで、マイクを通して市民が市民に語りかける意味を体感しながら、完走を誓ってひたすら走り続けました。

ただ、14時間マラソン演説会に限らず、ますます活動の領域の広がりと市民との関係性の更新が連続的に迫られているため、どうしても事務局の対応が追いつかない状況ともなっています。
それは、越谷における主権者運動の今日的な難しさと、お任せ体質にどっぷりと浸かった市民意識との競合の過程が、ある段階に進んで可視化されています。
多くのバッチ・非バッチが定着しつつあることも確かであり、「何もできませんが」と言って1万円のカンパをする市民や、お菓子や手づくりサンドイッチ、健康ドリンク、のど飴等々多彩な差し入れなど、参加意識の共有化も少しづつ前進しています。

今回の14時間マラソンを完走できたことは、10年に及ぶ日常的、継続的活動の成果であり、持続的な主権者運動を目指してきたからにほかなりません。
しかし、同時に最低限のテーマをクリヤーしたものの、縦横、重層の関係づくりという点からは「越谷ユウレイ」を抱きかかえたままの完走は、まさに結果オーライであり「できた事、できなかった事」「すべきこと、すべきでないこと」等の点検・検証作業こそ、今後の必須の作業であり、更なる障壁への挑戦を続けます。

チーム白川

ドイツ式林業@高山 

 5月24日、高山市内で行われた林業の欧州型作業システム見学会に参加。
見学会を開催したのは、たかやま林業・建設業協同組合。講師はドイツの森林官、ミャエル・ランゲ氏、パウル・ランゲ氏(父と息子)。1月のドイツ視察でお世話になった池田さんのご縁で、見学会に参加させていただいた。

ランゲ氏は、機械を売るだけではなく、それを使いこなす人を育てることとセットでなければならない、ということで研修を行ってきている。今回もその研修の最終日、オペレーターにとっては研修の成果のお披露目でもある。

今回のデモンストレーションは、130馬力のトラクターに、「ウィンチ」「トレーラー」、二つのアタッチメントをそれぞれ取りつけることで、伐採した木の作業道までの引き上げ、カットした木の搬出が、システマティックに行われるところが披露された。

ランゲ氏によれば、この一連の工程は、2011年以来改良を積み重ねてきた包括的なコンセプトである、とのこと。

第一段階は、作業車両が入れる道の建設。これは今後のすべての作業の基盤となる。土を固めただけの道だが、道の真ん中が高く両脇が低くなるようにカーブをつけることで、水はけをよくしている。さらに地形に応じて、「側溝」から水が排水されるような仕組みになっている。

森の中に道ができると、作業を機械化できる。真庭市では2004年の台風被害の後、森に作業道をつくり機械化したことで、新しい担い手獲得、林業従事者の平均年齢は40歳(全国平均は65歳と聞いた)。

また森の中に道ができることで、人が入るようになる(ハイキング、サイクリングなど)。森が人々の憩いの場になることで、森の価値も見直され、またさらに多面化されることになる。

第二段階は、森作りのコンセプト。これは最終的に、樹種豊かな自然に近い森を目指す。ここから成長を促進する「将来木」を選定していく。そしてこの将来木の成長を阻害する木を間伐していく。間伐によって森に光が入り、生物多様性が豊かになる。ここで鍵になるのは将来木の選定。これは森を形成するための創造的な作業だ。

第三段階は作業システム。今回の見学会はこの部分。ここで最も重要なのは「人」。作業する人の安全確保はもとより、オペレーターの習熟度によって作業効率は大きく上がる。また、現場の状況に応じてもっとも的確な作業をすることができる。

第三回うまかんべぇ〜祭 @東大和 

 2014年4月26日、27日の両日、東大和南公園にて第三回うまかんべぇ〜祭が開催された。
天候にめぐまれ、両日の参加者は昨年の3万3千人を上回る37,500人(東大和市Facebookより)。
今年は、昨年、一昨年の混雑ぶりを受けて会場のレイアウトが改善され、多くの人がゆとりをもって出展ブースを回遊し、東大和市民発の味を楽しんだ

例年ゲストとして出品している友好都市の福島県喜多方市からは、喜多方ラーメン、手打ちそば、物産販売などのブースが設けられ、福島産の物産やお米、おいしいお酒を買い求める人で賑わった。
また毎年恒例になっている旧日立航空機株式会社変電所(戦災建造物)内部が特別公開された。
多摩都市モノレールとの共催で行われた「うまかんべぇ〜ウォーキング」は、西武鉄道の協力、カタログハウスの物品協力のもと、多くの人が参加し、そのままうまかんべぇ〜祭会場へ来場。

注目のコイン投票によるご当地グルメコンテストには、市内から18店舗が出展した中で、第一回、第二回に続き今年もカレーでエントリーした「湖畔いきいきクラブ」の「ひがしやまとキーマカレー」が第一位をかちとった。第二位は今年から参加した「空龍」(クーロン)の「ゴマダレ水餃子」、第三位は「4小おやじの会」の「ちゃ茶クレープ」だった。今年からは、空龍など市内の飲食店からの出展もあり、味もメニューも多彩な品ぞろえとなった

また第一回からの入賞グループ、南親会の「大和どん」、向原親和会の「じゃがまる君」は今年は特別出展ブースで自慢の味を提供し、大和どんは二千食近くを賞味いただいた。お隣武蔵村山市のFOOD(風土)グランプリ優勝メニュー「和風スイーツ揚げ白玉団子」も特別出展ブースでの提供。可愛いエプロン姿のお母さんたちが声を張り上げていた。
うまかんべぇ〜祭は今年で三回目。いよいよご当地グルメを決定する「グランドチャンピオン大会」も予定されている。新しい意味を込めた「観光」「産業振興」の種をまいてきた尾崎市長、それに応えてきた市民の動きが、東大和市に新しい活力をもたらすよう、これからもがんばっていきたい。

「地域の課題を解決する地域の総合力―地域自主組織の底力」 

4月27日京都で、第24回関西政経セミナーを開催。岩崎恭典・四日市大学教授の問題提起から、二順にわたるパネル討議、質疑応答、戸田代表のコメントまで一気に四時間。随所で「地域の底ヂカラ」を実感させる、パワーあふれるセミナーになった。

パネリストは岩崎先生のほかに、田中誠太・八尾市長、山中光茂・松阪市長、隠塚功・京都市議、四方源太郎・京都府議、川勝健志・京都府立大学准教授、そして司会の諸富徹・京都大学教授。

「住民が変わらな、どうしようもない」(岩崎先生)のが、人口減少子高齢社会のなかで自治体と地域のあり方を問う土台。
地域自主組織は、天から降ってくるものではない。松阪市では300人規模!で、住民同士がみんなのためにどうカネを使えばよいか、議論し決定している地域もあるという。まさに、自治を体験する組織だ。責任が取れるしくみであれば、形はあとからついてくる。「PDCAサイクルを住民自身が回す」「Do(協働)の主語をつけた計画を」「仕事をする組織が自治組織」と、先生は畳みかける。

山中市長は、「地域に丸投げではなく、行政がこれまで以上に汗をかくこと」と重ねて強調。
八尾市でも、昨年28の小学校区にまちづくり協議会ができ、行政職員にどんどん出ていくよう促している。住民が変われば、行政も、議会も本来の役割に変わらざるをえない。「そんなことは住民で解決する、自分たちができることからやっていこう、と住民の声が変わってきた。市役所に町会加入を促すブースを設ける町会さえでてきた」と田中市長。
「まず一点突破」というのは四方議員。「仕事がないと人は集まらない」「切実に必要なものほどモチベーションは上がる(なぜなら相手に心から感謝されるから)」「課題解決からアプローチして、(住民自治の)組織ができていってよいのでは」と明快。

戸田代表は、「3・11から三年。ぼつぼつ、風化するものと、自治とは何かを考える動機になるものに分かれてくる」と示唆。
今回の政経セミナーでは、住民自治の深化につながる地域自主組織の多様な実例(モデル)が豊富に示され、参加者に共有された。

425祭

 4月25日、気仙沼で「425祭」が開催された。425と書いてfor復興。被災地支援ファンドの応援をうけて事業再開にこぎつけた事業者さんたちが、「出資者をおもてなししたい」というところから企画された。16時からはファンド立ち上げの発表をしたチャペルでの記念セミナー。夜の宴では、事業者さんたちが持ち寄った品々が「これでもか」というくらい並べられた。おいしかった〜。

4月25日は特別な日。まだ、何から手をつけていいのかも分からないような被災状況のなかで、いち早く事業再開を決意した事業者さんの記者会見が2011年4月24日。for復興にかけて、ファンドの募集を開始したのが4月25日だ。
(気仙沼のリアス・アーク美術館の展示を見ると、この頃のまちの様子に言葉を失うと同時に、この状況のなかで事業再開の意思を示した事業者さんたちの覚悟に改めて胸を打たれる。

かさ上げ計画が決まったまちでは、ダンプがそこらじゅうを走り回って、あちこちに「盛り土高さ10メートル」などの看板が立つ。がむしゃらに前をむいてがんばってきた三年間から、本格的なまちづくりにむけた新たな長期的課題に直面している時期でもある。ここに来て「リアルに疲れを感じる」との声も聞かれた。
復興のプロセスに最低10年は伴走する、というファンド出資時の決意を、改めて思い起こす機会にもなった。


翌朝は、最初にファンドに参加した四社のコラボによる「スープで朝ごはん」のおもてなし。港に面したカフェ(渡辺謙さんがオーナー)で気持ちのよい朝の日差しをあびて、心づくしの朝ごはんを堪能!

(425祭を前に、陸前高田を訪れて戸羽市長、八木澤商店・河野社長にお話を伺った。陸前高田ではナビがまったく使いものにならない。まち全体が流されたことを、改めて思い知らされた。)

自治体財政と地域民主主義 

 4月13日、シンポジウム「自治体財政と地域民主主義」を開催。財政規律、財政健全化という不可避の命題を、財政破綻の恫喝によるのではなく、「自分たちが政府を運営する」という納税意識によって実現していくうえで、自治という場の持つ意味、可能性について共有したいとの開催趣旨。 前半の問題提起は@将来世代のための財政規律〜和光市財政運営について/松本武洋・和光市長 A当事者感覚を生み出すアリーナとしての地方議会とは/廣瀬克哉・法政大学教授。後半はお二方に、諸富徹・京都大学教授、田中秀明・明治大学教授、石津賢治・北本市長を交えてパネルディスカッション。。


財政民主主義の基盤となる当事者意識、納税者意識をどのように涵養していくか、消費者市民の延長には見えてこない、投資や経営といった財政のガバナンスに関わる主体性をどう生み出していくかといったことが、実践的、共感的に語られた。

お〜い、おおとよ 

 3月17日、四国山脈の山あいのまち、高知県大豊町を訪ねる。徳島県との県境に位置し、吉野川の源流を擁する。農林業の衰退で過疎化、高齢化が進み、四国のなかで唯一、高齢化率50%を超えるまちは、「限界集落」という用語の発祥の地でもある。 高齢化が進んだ結果「もはや出て行く人もいなくなったがゆえの社会動態増」という厳しい現実もあるが、岩ア憲郎町長は、「大豊は日本各地の未来。大豊でできれば日本全国どこででもできる」と、地域の暮らしと営みを支えるために知恵と工夫をこらしている。


山あいの地域の唯一の資源は「森」。急峻な山を開墾いて、かつては養蚕のための桑を植えた畑に植林されたスギやヒノキが、50年、60年の伐期を迎えている。この資源を生かすべく、銘建工業と県、町、森林組合などが設立したのが「大豊製材」。地元の質のよい木を生かすために、集成材ではなく木造建築の構造材の生産を主とする。

案内していただいた岡田工場長のお話からは、「丸い木を四角に切って国産材だから使ってください」ではいずれ通用しなくなる、品質にこだわった材を供給できる会社にする、との取り組みが、シロウトにもひしひしと伝わってきた。 木材乾燥も、高い技術はもちろん、燃料に木屑などを使用したバイオマスボイラーを使用。発電も行っている。 雇用も49名、うち県内雇用は41名と、着実に成果を出している。先日完成した社員寮は、わが国におけるCLT第一号でもある。

省エネは、ガマンではなくスマートに 

 3月4日、第134回の東京・戸田代表を囲む会は、省エネと再エネの可能性とリアリティーについて。ゲストスピーカーは歌川学・産業総合研究所主任研究員。 フクシマの原発事故があった2011年の夏は、東京でもそれぞれが工夫して15%(だったと思う)の省エネを成し遂げた。 そして原発ゼロの今こそ、ガマンではなくスマートな(賢い)エネルギーの使い方=持続的な省エネが必要だ。

「日本のエネルギーで有効利用できているのは三分の一。排熱で三分の二が捨てられる」「電力として消費されるより、発電所でのロスのほうが大きい」など、「なんじゃ、こりゃ」のデータが示される。電気は使い放題、「ピーク需要」に合わせて原発作りゃいい、という「大量生産・大量消費・大量廃棄」の発想では、オイルショックのときの「省エネ・トップランナー」の地位も、もはや見る影もない。

「省エネ・再エネは、唯一最大の成長産業」という21世紀型とは、およそかけ離れた20世紀型産業・経済・社会の漂流に、歯止めがかけられるか。

省エネの技術や製品はすでにある。それがなぜ普及しないか。既存技術によるだけでも、電気で30%、熱・運輸も含めて全体で40%の省エネが可能(2030年/2010年比)。 「できるか、できないか」ではなく「やるか、やらないか」。家庭で、事業所で、地域で、できるところから。それが問われている。省エネの投資はほぼ間違いなく、エネルギー代の節約という形で回収できる。

自治体でもようやく最近、インフラや公共施設のファシリティーマネジメントに目が向き始めているが、そこにエネルギーの視点は入っていない。設備の更新時こそ、省エネのチャンス。自治体のエネルギー計画は、再エネ資源のない都市部にも(都市部にこそ)必要だろう

 市民がつくる「おひさま発電所」点灯式

 本日3月1日、2か月にわたる募金活動の晴れ舞台となる点灯式を無事に終える事が出来ました。 ご協力いただきました、「がんばろう、日本!」国民協議会の皆様に御礼を申し上げ、点灯式のご報告をさせていただきます。

政経セミナーを母体とし、市民活動団体、議員、一般市民と各方面から集めた、市民団体おひさま発電こしがやプロジェクトでの募金活動の結果、総勢170名以上の寄付を頂くことが出来ました。企業からの寄付が少なかった中で達成できたことは、人と人との対面式の力が大きく貢献しました。 越谷市内でも100名のご寄付があり、あらためて、埼玉都民越谷市でも「本気」の訴えには心が動くものだと感じております。

写真 太陽光発電の表示盤に園児のボタン押しで通電、一斉に電気が灯った

点灯式への参加者は議員、行政、企業が30名と大半ですが、市民の大口寄付者10名弱が参加し、いままでにない事業の参加形態だったことは一目で分かりました。 スピーチも市長、県職員、幼稚園、NPO法人、市民と多種多様で、視点の違いが、新しい行政へのアプローチにつながりました。まさに、行政、企業、市民と3者の連携が生み出した、「協働のまちづくり」=「市民参加」のスタートに他ならない点灯式でした。

まだまだ少数ですが、市民の意識が「私」から「みんな」に変化してきたことが成功だったのだと感じていますし、市民だからできない、ではなく、市民でも出来るんだ、という思考への転換が、太陽光パネルという形で具現化できたことは越谷市の誇りです。 今後は、幼稚園や行政との連携を活発化し「子供たちの笑顔」や「コンセントの先」をキーワードに、さらに多くの市民と一緒に市民参加の浸透に着手していきます。

  真庭バイオマスツアー

 2月17-18日、岡山県真庭市でのバイオマスツアーを行った。真庭市はバイオマスを軸にした地域資源の活用と、エネルギーの地産地消をめざす先進的な取り組みを展開していることで知られている(昨年11月10日のシンポジウム参照「日本再生」415号)。 現在は、一万キロワットのバイオマス発電の来年四月からの稼働にむけて、準備が進んでいる。これは「地域のエンジン」と位置づけられている バイオマス発電の大きな課題は、燃料となる材を集めるシステムができるか、にある。また、他に用途のある材を燃やしてしまうのでは本末転倒になりかねない(11/10シンポジウムで、銘建工業・中島社長は、「エネルギーに対する冒涜」と言われた。)

この点、真庭市では30社近くある製材所が協力して、製材過程で出る端材や木屑、皮など、従来は産業廃棄物として処理費用をかけて処理していたものを、エネルギー源に替えるというシステムをつくっている。この意味で「地域総ぐるみ」の取り組みになっている。(写真:製材組合の集積基地) 次の課題は、ここでの利益をどうやって山元にまで還元していくか。林地残材などの未利用材の活用とともに、100年、200年の持続可能な森林経営への挑戦でもある。

今回とくに印象に残ったこと。製材過程ででる木屑を固めてつくったペレットを、重油の代わりに燃料として温室でトマトを育てている「清友農園」の清友さんは「コストが重油の半分ということで成り立っているが、それ以上に、こんな寒いところで重油を炊いて農業をやっていいんかと、モヤモヤしたものがあった」と。(写真)これがバイオマスの本質ではないだろうか。

また「美林」として知られる戸田代表の実家のヒノキ林(写真)では、案内してくださった原木市場の社長さんが、「森という字の形は、下に低木があって上に高い木があることをあらわしている。下は地球のもの、しかしそれだけでは人間の生活ができないので(エネルギーとしても用材としても)、高い空間を借りて人間のための木(スギやヒノキ)を植えさせてもらっている。100年、200年ちゃんと手入れすれば、そういう森ができる」と。

バイオマスは、地域資源を地域で循環させ再投資していく新しい社会システムの糸口になりつつある。

もうひとつの魅力は「町並み」。バイオマス事業の元をつくった「21世紀の真庭塾」の取り組みは、勝山の町並み保存から始まっている。風情のある町屋が続く通りには、それぞれ意匠をこらした「のれん」がかけられている。

また3月からのひな祭りにむけて、お雛様が並べられているところも。

 住民自治の根幹としての議会を作動させる」

第132回 東京・戸田代表を囲む会は、山梨学院大学の江藤先生をゲストスピーカーにお招きして開催。タイトルは「閉塞状況を打開する議会からの政策サイクル―住民自治の根幹としての議会を作動させる」。「閉塞」には二つの側面がある。ひとつは議会が住民から不信を抱かれていること。もうひとつは、人口減、少子高齢化という課題に地域が取り組もうとするときに、議会はどう動くのかということ。 江藤先生は冒頭から、議会は「傍聴」というが、「傍聴」という言い方は嫌い、「傍らで聞くのではなく、主権者でしょ」と切り出して、議会がじつはとんでもなく大きな権限を持っていること、地方分権でそれを使いこなす環境が開けていることを、さまざまな事例を挙げながら提起された。

「○○はすごいけれど、うちは…」と、どうしても現状の議会の「どうしようもなさ」に目が行きがちになるが、江藤先生のお話は簡潔明瞭。  どうしても「通常の解釈は」とか「総務省がこう言った」となってしまうんですが、責任を持つのは住民なんです。だから住民にとってどうか、ということを常に考えながら突破していかないと、やっぱり自治なんていうのはできない、と。    議会改革は、「議会のための改革」ではなく、あくまでも住民にとってどうなのか、ということだ。議会は住民自治の根幹。だからこそ、議会人だけががんばるのではなく、住民も一緒になって開かれた議会を作ってかなければならない。その責任と役割を、市民も議員も共有しよう。

 「立憲主義から検証する」

2月1日、第22回 戸田代表を囲む会in京都を「国民主権の発展としての憲法改正を」をテーマに開催。 ゲストスピーカーの小林節・慶應大学教授が緊急入院されたため、冒頭ご挨拶をいただく予定であった福山哲郎・参議院議員から、“立憲主義から特定秘密保護法を検証する”内容の問題提起をうけた。 国家が特定秘密をもつのは当然。だが、その特定秘密はだれのものか?すべからく国民のものであり、国民の生命と安全をまもるためにこそ特定秘密は保護されなければならない。秘密保護法は「民主主義そのものの基盤の問題に踏み込んだ」(福山参議)ゆえに、国会議員はもとより国民一人ひとりに、東アジアの安全保障環境の緊迫化のなかで“立憲主義とは何か”をリアルにつきつけている。


戸田代表からはさらに『日本再生』417号にも引用されている、長谷部恭男教授の「〜しかし世界には今、中国や北朝鮮のように立憲主義の考えをとっていない国がある。私たちはそれらの国々から、憲法の定める自由で民主的な現在の政治体制を守らなければならない。そのために秘密法を作り、特別に保護されるべき秘密が外に漏れないようにする必要があるのです」を引き、今後重要法案は立憲主義に則して立法され運用されているかどうか、公権力のチェックやコントロールを行うすべを心得るべしと提起があった。 立憲主義の観点から検証するに足るだけの智恵と力を、地域の自立と連携の中から作り出していこう。

 ドイツ 再エネと電力システム改革

1月27日から30日、再エネと電力システム改革についての調査に同行して、ドイツを訪れた。ドイツではすでに、発電・送電・配電・小売がそれぞれ分離されている。発電、小売は市場競争原理に任されている一方、送電・配電は同一地域に二重三重に送電網を建設することはないため、地域独占となる。したがってここは公正なルールで運営されるべく、厳正な監督の下に置かれる。(送電線の所有者には、すべての発電者、小売業者に対して同じ条件で公平に送電・配電することが義務づけられ、その運営がチェックされる。) 一方、ドイツで起こっていることは、自治体公社がこの配電網を所有しようという動き(再公有化)。これは、地域がより主体的にエネルギーを自らコントロールしようという「エネルギー自治」の動きといってよいだろう。 今回は訪ねたのは、再公有化をめざす自治体公社、再エネ(風力)で地域のエネルギーをまかなおうという自治体公社の地域連合、ドイツ自治体企業連盟のバーデン・ヴュルテンベルグ州支部(以上、自治体関係)、そして系統を管理する政府機関(連邦政府とバーテン・ヴュルテンベルグ州政府)。写真はバーデン・ヴュルテンベルグ州政府の系統管轄担当者のみなさんと。


短期間でタイトな日程だったが、非常に実り多い見聞をさせていただいた。 電力システム改革においては、日本は周回遅れとよく言われるが、すでに二周か、三周遅れになりつつあることを痛感した。一方で、エネルギー自治、再エネと地域再生という点では、日本と共有できる点が多々あることにも勇気づけられた。 調査に同行させてくださった諸富先生、現地でアレンジしてくださった池田さん、的確なレクチャーをしてくださったシュヴァルツさんに心から感謝を。


フランクフルトからボン、カッセル近くの自治体を経て、シュトゥットガルトへと、アウトバーンを疾走して移動。途中では田舎町のこんなかわいいホテルにも宿泊できました。

 望年会in東京

恒例の望年会、東京では12月21日に開催。2013年は「自治、エネルギー、地域民主主義の深化」をキーワードに深めてきたが、ようやく各地で「目先のことだけではなく、10年、20年先のことも考えよう」ということが、市民同士の会話でも、議会のやり取りの中でも普通に自然体でできる空間が確実に広がってきたことが、各地の会員議員からも、さまざまな形で報告された。 例えば「囲む会」で、石津市長にお話しいただいた埼玉県北本市での新駅建設についての住民投票。日本では法律上、住民投票に決定権はないが、市長が「投票率にかかわらず、一票でも多い結果に従う」と宣言。文字通り、市民の一票によって決まる住民投票となった。結果は市長選を上回る投票率で、圧倒的多数で新駅は否決された。 住民投票のポイントは、新駅の問題を通して市民自身が、まちづくりについて考えるきっかけにしようということ。新駅賛成の市民は「住民投票は、まちづくりにとって貴重な財産になった」といい、反対した市民は「これ以上、将来世代に借金を回すわけにはいかない」と考えた。ここには従来のような「賛成・反対」を超えた、新しい議論の土俵―市民自身がまちづくりについて考え、議論し、合意形成する―の可能性が生まれている。 市民がまちの問題を主体的に考え、動き始めるとき、議会にはどんな役割が問われるのか。2014年の「囲む会」などの企画の柱のひとつは、この問題設定になる。


「考えない」という凡庸な悪こそ、未来の搾取の本質だが、これを「悪人!」と批判・糾弾するのではなく、「10年、20年先のことも考えましょう」という普通の市民の会話のなかに巻き込んでいく。3.11後の変化は、社会のそういう新しい潮流を確実に生み出している。 自治の主体基盤がない、ユーレイの里・東京では来年早々、都知事選挙が行われる。ドンチャン騒ぎをしている余裕はない。2020年東京オリンピックは、21世紀の課題先進都市の姿をどこまで示せるか、だ。高望みは無理でも、せめて新国立競技場のトンデモ設計を抜本的に見直す、くらいはできる知事を選びたいものだ。(乾杯の発声は前田参院議員)

望年会in京都を開催

12月17日、恒例の「望年会in京都」を開催。 第一部は、2010年から4年連続になる村田晃嗣先生(同志社大学学長)の講演。 先生のお話は、日米外交の背景にある、その時々の政治的・社会的構造問題を深く分析され、とくにフォロワーシップの質〜国民主権の深化・発展こそ外交の基礎といつも喝破されるが、今回はとくに「多様なアメリカ社会と向き合った価値共有外交」という、日本外交にとってはかなり高いが、避けては通れないハードルが多様な角度から示された。


自治や共同体の基本価値でもあるそのキーワードは「人権」。 目先の利害で人間関係を調整し、対敵共同で国家間外交を語る余地はすでにない。 この冷厳な事実に日本の社会と国民自身が向き合えるか。

第二部「望年会」冒頭では、戸田代表から「日本には『人権』という概念はない。それと住民自治がわかっていないということは関連する。人権という自由、民主主義の基本価値の現実化=国民主権、住民自治の発展抜きで、真なるものは生まれない」と重ねて強調された。 今年の講演と望年会にはのべ70名の自治体議員やバッチをつけない主権者が参加。門川大作・京都市長も公務の合間をぬって駆けつけられ、2014年への展望の共有と交流を深めた。

雲南です(運なんです!)

12月12-13日、雲南市へ。 速水市長に13日午前中にインタビューの機会をいただいた。当日朝一番の飛行機でも間に合わないことはなさそうだが、遅延もありうるし、土地の様子を見ておきたかったので前泊。13日午後には、地域自主組織の走りともいうべき「株式会社吉田ふるさと村」の高岡社長にもお時間をいただいたので、同社が指定管理している国民宿舎「清嵐荘」に泊まることにした。
速水市長、高岡社長のインタビューは、来年2月号に掲載の予定。あわせて2月号には、小規模多機能自治について、四日市大学の岩崎先生のインタビューも掲載する。 平成の大合併は、はじめて人口減・少子高齢化を前に、これを乗り切れる自治体のあり方を問うべきものであった。これに真摯に向き合ってきた地域からは、地域での(大抵の場合、小学校区単位で)共助の仕組みを試行錯誤のなかから生み出している。奇しくもここでいう「地域」とは、昭和の大合併以前のコミュニティーの広さでもある。

吉田ふるさと村は、プラザ合意の年に「このままでは村がなくなってしまう」(林業で栄えた村は、外材などに押され五千人の人口が半減)という危機感から、商工会を中心に「とにかく雇用を生み出す」ということで、設立された。株式会社形態の第三セクターだが、住民も株主になっている(28%)こともあって、当事者意識と企業家精神にあふれている。 驚くのは、バブル以前に「気がついた」こと。そしてその事業をバブルにも浮かれず、リーマンショックにも耐えてここまで継続し、パートも含めて70名弱の雇用を生み出していることが、さらにすごい。

12、13日はときどき雪がちらつく天気。中国山地はトンネルひとつ越えると(山を越えると)雪模様が大きく違う。寒暖の差が大きい土地柄はおいしい野菜をつくりだす、ということで、地元の農家が自家消費していた野菜(農協に出さない=形は悪いが口にいれて安心)を使ったオーベルジュでランチをいただく。 斐伊川に面した古民家を改装したレストラン。パスタにもメインにも、力強い野菜がたっぷり。壁には生産者の名前が張り出してある。ごちそうさまでした。

未来へ投資する社会へ〜エネルギー自治、循環型社会

11月10日、シンポジウム「未来へ投資する社会へ〜エネルギー自治、循環型社会」を開催。
1月に開催した「エネルギーと自治」の、継続であり、バージョンアップでもある。同時に、8月の「市民自治の実現力を競う」とも通低するテーマは、「当事者意識」であり、「全員がプレーヤーになる」ということ。
再エネはたしかに自然資源が豊富な田舎のほうが有利だが、都市部は、エネルギーを他人にお任せしたままでいいのか。飯田はすばらしい、オーストリ アやドイツはすばらしい、なんで日本はできないんだ、というところからは、足のないユーレイしかでてこない。

今回はバイオマスに地域全体でとりくむ真庭市(市長、銘建工業)と、太陽光で先駆的モデルを立ち上げた飯田・おひさま進歩という、二大フロントラ ンナーを交え、ドイツやオーストリアの事例も参考にしながら、熱気あふれる議論が展開された。
当事者意識があればこそ、刺激も受けるし、新しい気づきもあるし、熱気も生まれる。
先進事例を聞いても、「できない」理由を探していては、プレイヤーにはなれない。「できない」理由を探すヒマがあったら、「どうすればできるか」 を考え、そのために知恵を絞り、仲間を作ろう。

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