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「がんばろう、日本!」国民協議会
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Index 
□民主政のインフラとしての社会関係資本の集積と、
重層的なフォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップを

 ●「自治」「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて、民主主義の底力を鍛える
   6/18シンポジウム

●民主主義の底力を鍛えるための問題設定を深めていこう


□「囲む会」のご案内 
  
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民主政のインフラとしての社会関係資本の集積と、
重層的なフォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップを
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●「自治」「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて、民主主義の底力を鍛える
 6/18シンポジウム

 6月18日、第105回シンポジウムを開催。テーマは「民主主義のバージョンアップ」。世界的にも民主主義の機能不全が指摘されるなか、「自治」や「コミュニティ」の当事者性に足場を置いて民主主義の底力を鍛えるところから、21世紀型民主主義へのバージョンアップの方向性を議論しようというもの。

 第一部は、吉田徹・北海道大学教授による「日本政治の過去、現在、未来〜民主主義の現在地〜」と題する講演。
 「グローバル・ポピュリズム・ドミノ」と称されるような、21世紀に入ってからの世界的な「民主主義の変調」は、いくつかの構造的かつ複合的な要因によるものであるとしたうえで、日本においては「政治不信」という形で現れていること。その背景にはタテ(政府や政党)のみならずヨコ(社会の人間関係)に対する不信が国際比較においても高い、「高度不信社会」ともいうべき日本社会の構造があること。
 ここから導かれる過剰な自助努力原理が、連帯の欠損や「デフレ政治」を生み出していること。このような信頼の欠如でもなんとかやれていた「中福祉・中負担」社会が、いよいよ持たなくなっている今、さらなる政治の領域の「合理化」→自助努力圧力と政治不信の増大(低福祉・低負担)という社会に向かっていくのか、それとも信頼と連帯(高福祉・高負担)の社会へと向かうのか、という岐路にあること、などが的確なデータとともに提起された。

 講演の最後では、民主政のインフラである社会関係資本(他者に対する信頼や互酬性が当然とされる意識の集積)を作っていくことが、先進国の政治において必要になっていることをあげて、「活動とは物や物質の介入なしに、直接、人と人との間で行われる唯一の活動力であり、複数性という人間の条件、すなわち、地球上に生き世界に住むのが1人の人間ではなく、複数の人間であるという事実に対応している」(『人間の条件』)というハンナ・アーレントの思想を紹介した後、次のように締めくくられた。
 「私たちはどのようにして、地縁・血縁・利益・イデオロギー以外に政治との<回路>、 他人との<関係性>をこれから作り出していくのかを考える時にある」。

 第二部は、吉田先生、小川淳也・衆議院議員、役重真喜子・花巻市コミュニティアドバイザー、稲垣文彦・中越防災安全推進機構アーカイブス・メモリアルセンター長、松本武洋・和光市長によるディスカッション。役重氏、稲垣氏は、行政とも政治家とも異なる「中間組織」的な立ち位置から、コミュニティーにおける自治の当事者性を涵養し、同時にこれを公的な意思決定といかに架橋するか、という問題設定を体現されている方として参加していただいた。

 多岐にわたる論点をあえて整理すれば、前半は「当事者性の涵養と、コミュニティを軸とした社会関係資本の集積の試み」といえるだろう。民主主義は共同体の自己決定であるが、その「私たち」という当事者性をどのように涵養していくのか。そしてコミュニティーにおけるそうした当事者性を、より「大きな」意思決定にどのように有意義なものとして架橋していくか。

 役重氏、稲垣氏からは、中山間地域の現場のリアリティに根ざした、コミュニティにおける当事者性の涵養について、示唆に富んだ問題提起がなされた。またフロアの地方議員会員からは、ユーレイ(足≠ェない)といわれる首都圏において、どのように当事者性を涵養していくか、その試行錯誤のあれこれが報告&提起された。地方と都市部という違いはあれ、民主主義をどのように日常のなかで実態化し、社会関係資本として集積していくか、その経験知、実践知の共有という性格の議論となった。

 ここでのひとつの大きな軸は、「分断を乗り越える」。グローバル化と「右肩下がり」という大きな時代の変化を、世代間対立(逃げ切り世代vs逃げ切れない世代 シルバー民主主義など)や、グローバルエリートvs見捨てられた人々、といった対立や分断の構図にしない「私たち」の当事者性を、どう育んでいくかということだ。

 こうした問題設定が共有されるに従って、「自治やコミュニティ? そんな小さなことは政治じゃない、政治は『天下国家』だ」というカンチガイは、はるか後景に退けられることになる。代わって、グローバルや「天下国家」はローカルやコミュニティ、自治といったことにしっかり足をつけてこそ、ということが共有されるようになる。

戸田代表の集約コメントでは、こう述べられている。
「『グローバルになればなるほど、ローカルが大切だ』と。グローバル化を、憎悪や寸断として受けとめるのではない側は、グローバルな世界がわかればわかるほど、ローカルが見えるようになるはずなんです。国境を越えて世界が見える、と同時に本源的な社会性をローカルの世界に見出す。それは『遅れた前近代』でもなければ、『取り戻す』ものでもない。『なつかしい未来』とでも言うべきものであり、アンチ・グローバル的な感情では見えないものです」。

こうした政治社会意識の変化≠ェ、ライフスタイルの転換―衣食住や自分の人生のグリップ感―を伴って進行していることが、3.11後の大きな特徴でもあるだろう。

松本・和光市長も加わった後半でも、「自治」を軸に多岐にわたる議論が繰り広げられたが、ひとつの軸は、コミュニティーにおける自治の当事者性を、より「大きな」意思決定にどのように架橋していくか、あるいはそこでの距離感を近づけていくかということであったと思う。

仕組みのひとつとしては、「地域内分権」とか「地域自主組織」といわれているものもあるが、役重氏が言うように「お金をあげるから、自分たちで決めてね」ということとは次元の違う、コミュニティでの「自分たち」の当事者性が、地域全体の意思決定とどう有機的に架橋されているのか、というところの問題だろう。あるいは大きな理念やビジョンを語る政治と、コミュニティの自治、当事者性をどう有機的につないでいくか、ということでもある。

「立派な」理念を語る政治家に「お任せ」するのは楽だが、フォロワーも「いっしょに目指す」のでなければ、いつでも「結果を出せ」と求めるだけの消費者民主主義になってしまう。同人地方議員からは、時間がかかっても、すぐに解決できないということが住民にもわかれば、すぐに「結果を出せ」とは言わないとの発言があったが、そういうフォロワーとの関係性をどう作っていけるか。フォロワーシップの波を繰り返し作り出していく、そこにリーダーシップの素養が生まれてくるということだろう。

松本市長は、これからの縮小社会に向かって、いわば「負」の分配が必要になってくるなかで、身の回りの範囲で「お互いさま」でみんなが考えていける、そういう投げかけを行政も議員もしなければならない、と同時に「その先」にある未来の展望を、政治がいかに語れるかだと述べた。

「私たちはどのようにして、地縁・血縁・利益・イデオロギー以外に政治との<回路>、 他人との<関係性>をこれから作り出していくのか」。戸田代表の集約では、このように述べられた。

「地縁、血縁、師弟関係も重要です。それを否定するために言っているわけではありませんが、そういう縁がなくても、『この問題、どう思う』という会話が普通にでき、そこから議論の輪が広がり、そこにコミュニティの縁、自治の縁もつながり、社会的な縁が多元的になる。そういう関係性をつくりだす、それが活動だということです。〜社会的な主体性、社会的な縁、それと地域やコミュニティをどうつなぐか。がんばっている地域というのは、『外』の視点や人を生かしていると言いますが、そういうことにも通じます」。(シンポジウムの詳細は459号にて。)

●民主主義の底力を鍛えるための問題設定を深めていこう

6月18日のシンポジウムを受けて、民主主義の底力を鍛えるための問題設定を、さらにどのように整理し、深めていくか。今年から来年にかけての「囲む会」やシンポジウムは、ここから準備していくことになる(12面日程参照)。

 7月13日の京都での「囲む会」では、「国際協調で未来を語るのか、過去を取り戻すために国境の壁を高くするのか」とのタイトルにもあるように、グローバルとローカルを有機的に結びつける主体性について、6月18日とは違う切り口で考える。

 フランス大統領選挙では、「国際政治における新たなトレンドを裏付けた。どの国においても、最も重要な政治的分断はもはや左派か右派かという構図ではなく、国家主義者か国際主義者かという構図になった」(ギデオン・ラックマン 日経4/27)と言われる。トランプのパリ協定離脱と、米国の自治体、企業などの連合による「反撃」も、こうした構図を示しているといえるだろう。EUについても、統合がもたらす諸問題に国際協調の立場で向き合うか(すぐに結果を出せなくても)、一国主義で対応するのか、という構図になる。

これは言い換えれば、資本中心のグローバル化に、環境や財政、社会的投資などの分野での統合の深化でいかに対抗するか、ということにもなるだろう。

「トランプもルペンも、グローバル化の中で失ったものを、国家主義の観点で取り戻そうということです。安倍さんも『日本を取り戻す』と言っていました。
一方でまだ解答はありませんが、グローバル化がもたらす負の側面に、国際協調で向き合って未来に向かって取り組んでいこうと。こちらの側がグローバル化の負の側面に動揺したり、言い訳や弁明をした場合は、不平不満が可視化されていますから、さらにそれが勢いづくことになります。マクロンは、弁解をせずに国際協調の確信を語ったんですね。もちろん今後そう簡単にはいきませんが、困難を伴いながらも、国際協調の観点で諸問題を解決する方向に進むのか、不平不満が再び噴き出すのか」(戸田代表コメント 6/18)
われわれ日本の『グローカル』な主体性も、こうした構図のなかでとらえていきたい。

さらに、「その時に、今日の議論でもありましたが、時間がかかっても、すぐに解決できないということが住民にもわかれば、『結果を出せ』とすぐには言わないと。コミュニティでの議論の実践知から、そういう発言がありました。これも重要だと思います。
政治家は『結果を出す』ことが問われますが、その合意形成には時間がかかるという意味をフォロワーに伝え、どれだけフォロワーシップの波をつくりだせるか。そのためにはどういう論点があり、どう整理されているのかということです。多元社会になればなるほど、一部を切り捨てて『決める』というわけにはいきませんから」(戸田代表コメント 6/18)ということだ。

 「すぐには解決できない」ことを共有し、「任せた」ではなく「いっしょにやろう」というフォロワーシップの波を、繰り返しどのように作りだせるか。ここからリーダーシップの素養が生まれてくる。8月27日の「囲む会・特別編」では、地方議員会員の経験知、実践知を交えながら、こうした新たな社会活動家の資質や役割について議論を深めたい。

 そして10月21日のシンポジウム「民主主義のための社会的投資とは」(仮)では、6月18日での議論を踏まえ、民主政のためのインフラである社会関係資本への投資について議論を深めたい。

 「人への投資」「未来への投資」は単なる○○対策ではない。(ましてや「お試し改憲」の目くらましとしての「高等教育無償化」の打ち上げ花火でもない。)
 6月18日のシンポジウムで吉田先生は、北欧の高福祉・高負担の国々と南欧の低福祉・低負担の国々の違いについて、前者は他者への信頼度が高く、後者は低いこと、そして前者は財政が健全であるのに対し、後者は財政破綻→緊縮→政治不信というスパイラルにあると指摘している。
 
 イギリス総選挙で労働党が若者の支持を集めて猛追したのも、「国民教育サービス」のマニフェストによるところが大きいとされている(ブレイディみかこ 朝日6/22)。自分で考えられる市民を育てるのに十分な時間と人手を子どものために割く、そのための投資を国が行うという「人に投資する政治」は、若者の熱い支持を集め、EU離脱投票では低かった若者の投票率は、今回の総選挙では大きく伸びた。
 あるいは一連の選挙から、「社会保障が手薄で格差が拡大している米国や英国では昨年、有権者の過半数が、右派ポピュリストに籠絡されたが、安全ネットが手厚い西欧の国々では、有権者が右派ポピュリストに『ノー』と言ったのである」(熊谷徹 日経ビジネスオンライン 6/23)ともいえる。

 こうした「民主主義のための社会的投資」について、グローバル化の下での国際的な共通課題という視点も持ちながら議論したい。

同時にこうした投資を可能にする経済について、「国民経済の細胞としての地域経済」という視点や、「持続可能な地域経済循環」という視点を整理したい。経済政策というと、GDPの伸び率や物価、株価、国際収支、為替などが論じられるが、これでは足元の地域経済の実態は見えてこない。地域ごとに異なる経済の実相をどれだけ把握できているか。
自治体の財政についても、「財源がない」という話で思考停止していないだろうか。実際に地域の経済がどうなっており、どのようにお金が回り、誰がどのように納税しているのか、どこにどんな社会的投資をすれば、地域の経済活動がどのように活性化するのか、その波及効果を最大化するためにはどうするか、といった知恵を絞るべきではないか。

11月12日の総会では、これらの論点、問題設定を整理して、次の大会をどう準備するかを議論したい。

安倍政権は来年の任期満了をにらんで、「お試し改憲」を具体的な政治日程に上らせようとしている。目先の政局や選挙を乗り切るための「お試し改憲」よりも、尊厳ある「人たるに値する生活の必要」(労働基準法)を充たすべく「憲法の徹底した実質化を」というフォロワーシップの重層的な波を!

(「日本再生」458号 一面より)
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「凡庸の善」で考え続けるために
「囲む会」のご案内 
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■第178回 東京・戸田代表を囲む会
「憲法を議論するための共通の土台≠ニは」
7月18日(火) 1845より
ゲストスピーカー 宍戸常寿・東京大学教授
「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)
同人1000円  購読会員2000円

■第179回 東京・戸田代表を囲む会 特別編
「フォロワーシップの波をつくりだすリーダーシップとは」
8月27日(日) 1300より
ゲストスピーカー 廣瀬克哉・法政大学教授 湯浅誠・社会活動家・法政大学教授
「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)
同人1000円  購読会員2000円

■第30回 戸田代表を囲む会in京都
「国際協調で未来を語るのか、過去を取り戻すために国境の壁を高くするのか」
7月13日(木) 1830より
ゲストスピーカー 諸富徹・京都大学教授
コープイン京都
参加費 1000円

■第106回 シンポジウム
「民主主義のための社会的投資とは」(仮)
10月21日(土) 1300から
TKP麹町駅前会議室 ホール8A
諸富徹・京都大学教授 廣瀬克哉・法政大学教授 佐無田光・金沢大学教授 ほか
参加費 2000円

■「がんばろう、日本!」国民協議会 第八回大会第五回総会
11月12日(日) 1000から1800
「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会
http://www.ganbarou-nippon.ne.jp