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「がんばろう、日本!」国民協議会
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Index 
□凡庸の善で考え続ける
戦後70年 先代が築いたもの、次世代に手渡すべきものは何か

◆戦後70年  先代が築いたものは何か、次世代に手渡すべきものは何か
◆安全保障環境の変化 そのなかで保守すべきものは何か
◆凡庸の善と凡庸の悪の言論空間を拡張しよう

□お知らせとご案内 「凡庸の善で考え続けるために」
◆抗議行動日程
◆第八回大会報告集 刊行
◆シンポジウム(10月「外交」、11月「地域経済」)
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凡庸の善で考え続ける
戦後70年 先代が築いたもの、次世代に手渡すべきものは何か
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●戦後70年 先代が築いたものは何か、次世代に手渡すべきものは何か

 戦後七十年を迎えた今年の夏は、安保法案の議論の広がりに加え、総理談話に歴 史修正主義の要素が盛り込まれるのかと いうこともあって、憲法とは何か、「あの戦争」とは何だったのか、そして今後日本が進むべき道はどこにあるのかなど、これからの日本にかかわる大きな問題について、多くの人々が改めて考える 機会となったのではないか。
 ドイツの若者の言葉だったと思うが、「生まれる以前の過去の問題について責任 を問われるべきだとは思わないが、未来 については私たちにも責任がある。そのために過去を知るべきだ」と。
 この夏は日本でも、歴史を過去としてではなく、未来につなげるために語り、共 有するという流れが着実に広がりつつあ る。「あの戦争」とは何だったのかを知ることによって、先代が築いたものは何か、私たちが次の世代に手渡すべきものは何なのかと。

 その響きあいは、例えばこんなふうに。
 7月23日朝日新聞「声」欄に、こんな 投書が載った。
「安全保障法案が衆院を通過し、耐えられない思いでいる。だが、学生さんたちが 反対のデモを始めたと知った時、特攻隊 を目指す元予科練(海軍飛行予科練習生)だった私は、うれしくて涙を流した。体の芯から燃える熱で、涙が湯になるようだった。
 オーイ、特攻で死んでいった先輩、同輩たち。『今こそ俺たちは生き返ったぞ』 とむせび泣きしながら叫んだ。
 山口県・防府の通信学校で、特攻隊が敵艦に突っ込んでいく時の『突入信号音』 を傍受し、何度も聞いた。先輩予科練の 最後の叫び。人間魚雷の『回天』特攻隊となった予科練もいた。私もいずれ死ぬ覚悟だった。
 死ねと命じられて爆弾もろとも敵艦に突っ込んでいった特攻隊員たち。人生には 心からの笑いがあり、友情と恋があふれ 咲いていることすら知らず、五体爆裂し肉片となって恨み死にした。16歳、18歳、20歳……。
 若かった我々が、生まれ変わってデモ隊となって立ち並んでいるように感じた。 学生さんたちに心から感謝する。今のあ なた方のようにこそ、我々は生きていたかったのだ」

 この投書を目にした学生が、「朝からボロ泣きした。これほどSEALDsやっ てよかったと思うことはない」とツイー トすると、すぐにリツイートは八千回以上となり、各地の集会でも朗読されたという。

 慰霊の夏、新聞、テレビでも数多くの特集が組まれた。しかし「彼らの犠牲のお かげで今日の平和がある」というのは、 過去を「終わったこと」として他人称で語る感性ではないか。「戦争がなければ、一人ひとりにどんな出会いがあり、どんな人生を歩むことが できたのか」。そう思いをはせるところから、今を生きる者の一人として過去に向き合い、未来にむけて引き受けることが始まるのではな い か。「戦没者二百三十万人」ではなく、「私たちと同じように、普通に生きたかった」一人ひとりに寄り添う。イデオロギーや観念、ましてや 時の政府の思惑やら、国際情勢の変化とやらに左右されない、社会の根っこに刻み込まれた歴史認識とは、そういうものの70年にわたる 積み 重ねにほかならないのではないか。

●安全保障環境の変化 そのなかで保守すべきものは何か

 「…世界中が知っている日本の本当のソフトパワーは、現憲法下で反軍事的な政 策を守り続けてきたことです」 「1946年に日本国憲法の草案を作ったのは米国です。しかし、現在まで憲法が変えられなかったのは、日本人が反軍事の理念を尊重してき たからであり、決して米国の意向ではなかった。これは賞賛に値するソフトパワーです」「日本のソフトパワー、反軍事の精神は、政府の 主導 ではなく、国民の側から生まれ育ったものです。敗戦直後は極めて苦しい時代でしたが、多くの理想主義と根源的な問いがありました。平和と 民主主義という言葉は、疲れ果て、困窮した多くの日本人にとって、とても大きな意味を持っていた。これは、戦争に勝った米国が持ち得 な かった経験です」(ジョン・ダワー 8/4朝日)

 確かに平和憲法・非軍事の精神は、東西冷戦という国際環境の下、アメリカとの 同盟関係によって可能になった側面はあ る。一方で冷戦体制崩壊を経た今日の国際環境は、米中のパワーシフトなどの地政学的要因のみならず、ISなど国民国家の枠組みを超えた多 様な要因に大きく左右される、より複雑なものとなっている。
 こうした大きな変化に対応するときにこそ、変えるべきではないもの、保守すべ きものを明確にしなければならない。政 府の行為による戦争の惨禍(日本国憲法前文)を経験し、「未来のない戦いを強いられた」(渡辺謙ツイート8/29)教訓から、70年間積 み重ねてきたわれわれのレガシーをどう活かすのか。「一国平和主義」に留まるのか、あるいは「一国平和主義」批判をバネに、グローバ ルパ ワーの一角を形成する「普通の国」を目指すのか、それとも戦勝国(現在の国連常任理事国)には見えなかった教訓を活かすユニークな立ち位 置をめざすのか。

 安倍総理の掲げる「積極的平和主義」に対して、半世紀近く前から「積極的平和 主義」を説き続ける平和学の第一人者、 ガルトゥング博士は次のように述べる。
 「積極的平和主義のことを、私は英語でPositive Peaceと呼んで います。日本政府の積極的平和主義は Proactive Contribution to Peaceです。言葉だけでなく、内容も全く異なります。積極的平和主義は平和を 深めるもので、軍事同盟は必要とせず、専守防衛を旨とします。平和の概念が誤用されています」(8/26 朝日)
 「西洋の植民地主義に対抗した唯一の国が日本でした。当時の日本が非暴力の形 で、支配されている人たちに呼びかけて いれば、歴史は変わっていたかもしれません。安倍首相は戦後70年の談話で、戦前、日本が国際秩序への挑戦者となってしまった過去にふれ ました。けれども、植民地主義というものは挑まれて当然のものだったと思います」
 「日本が米国と軍事力を一体化させていけば、中東で米国の主導する作戦に従事 することになるでしょう。そうなれば、 植民地主義の継続に加担してしまいます。米国に追従するのではなく、歴史にもとづく独自性を、外交において発揮してもらいたいです」(同 前)

 こうした観点から歴史を振り返れば、対華21か条(1915)は重要な転換点 だったといえるだろう。第一次大戦(植 民地争奪をめぐる帝国主義戦争)の最中、民族自立をめざす孫文の辛亥革命によって成立した中華民国(1912〜)に対し、日本が帝国主義 列強の側に立って権益要求を突きつけたものだ。後に孫文は余命わずかな中、日露戦争に勝った日本が「西洋覇道の鷹犬となるか、東洋王道の干 城となるか」と問い、日本の帝国主義化に最後の忠 告をした。(1924年 神戸)
 一方当時の日本国内は、普通選挙運動や天皇機関説の定着など、いわゆる第一次 大正デモクラシーの時期でもあった。登 場しつつあった民意は「沸騰」し、それによって要求内容が膨れ上がったことは、外交交渉における譲歩を難しくした一因でもあった。

 こうした歴史の教訓を、私たちは未来に向かってどう活かしていくことができる のか。「コロンブスの航海に始まる西洋 の植民地主義と、民族を分断する形で人工的に引かれた国境線。これを解消しようとする動きが生まれ、対立が起きている」(前出 ガルトゥ ング博士)国際環境の変化のなかで、私たちの歴史的な立ち位置、知恵が問われているのではないか。

 同時に、「中国の脅威」が喧伝される今日、次のような教訓も忘れるべきではな いだろう。 
 「ナチスのヘルマン・ゲーリングは、『国民は選挙で選ばれた代表を通じて意見 を言えるだろう?』と問われてこう答えた。
 『それはそれで結構だが、意見を言おうと 言うまいと、国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単なことだ。自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そし て、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。この方法はどの国でも同 じよ うに通用するものだ。』(翻訳:鈴木)」http://blogos.com/article/92539/
 
●凡庸の善と凡庸の悪の言論空間を拡張しよう
 
 安保法案をめぐって、立憲主義とは何かという議論が広がっている。ナチス独裁 体制はほかならぬ民主的な選挙を通じて 誕生したということが、教科書の記述してではなく、今を生きる教訓として理解されつつある。民主主義は「未完のプロジェクト」であり、常 に当事者性をもって鍛えていかなければ(お任せ民主主義、消費者民主主義に安住していたら)、憲法さえ閣議決定で解釈を変えてしま う、と いう多数者の専制に転じてしまうのだと。

 「卵をこっそり産み、結局は巣を乗っ取ってしまう(引用者/戦後、旧文部省が 出した「民主主義」という本に出てくる ホトトギスのたとえ話。)――。集団的自衛権の問題はこのたとえにふさわしいと思います。昨年七月一日に、政府は、集団的自衛権を小さく 産み落とすことに成功しました。個別的自衛権の量的拡大にすぎないかのような体裁に見せて、実際には質的に異なるものをもちこんだの で す。〜ウグイスの子だと内閣法制局や公明党がどれほど言い繕ってみても、やはり着実にホトトギスの子として育っている」(石川健治 「世 界」8月号)
 「(ホトトギスの卵のたとえ話は、ナチスの登場の部分にあるように)…安保法 制を数の力で押し切ろうという選択は、 多数者による専制であって、それは、立憲主義の仇敵である、専制主義に与することです。かくして、法案採決の最終段階では、立憲主義と専 制主義の対決構図が現れるでしょう」(同前)

 民主主義が多数者による専制へと転じる空間、それは広範な「非立憲」の空間に ほかならない。それは反立憲、専制では ないが、権力に対する多層的なコントロールを嫌う、したがって多様な合意形成(住民自治、フォーラムとしての議会など)を嫌う空間。それ は「決められる政治」、「強いリーダーシップ」と称されたり、お任せ民主主義、消費者民主主義と言われたりするものでもある。

 非立憲の空間を支え、また生み出しているのが依存と分配の社会経済構造であ り、「凡庸の悪」といわれる生活習慣、体 質だ。
 「凡庸の悪」とは、ナチス親衛隊で、ユダヤ人の強制収容所移送を指揮したとさ れるアイヒマンの裁判を傍聴したハン ナ・アーレントによるもの。彼女は、アイヒマンは「世紀の大悪党」ではなく、「ただの小役人」にすぎず、「命令にしたがっただけ」という 思考停止―「凡庸の悪」こそが彼の罪だとした。

 この構造は過去のものではない。日本の場合は「命令に従っただけ」というより も(命令ならまだ、誰が命令したか分か る)、「やむをえない」という現場のうしろめたさと、うすうす知りつつ責任をとりたくない上層部の合作、という構造だろう。直近の例でい えば新国立競技場の建設問題は、いつ、どこで、どういう根拠で、どういう決定がされたのか、まったく分からない。それは誰かの意図的 な誤 りや作為というより、「やむをえない」という言い訳や、見て見ぬふりで目先をやりすごしてきた、壮大な無責任の連鎖の結末だ。まさに「あ の戦争」で、つるべ落としの敗戦に至った亡国の構造そのままだ。

 凡庸の悪とは、「自分のことではない」 と見過ごす罪でもある。ナチスに抵抗したニーメラー牧師の言葉 は、こう伝えられている。
「ナチスが最初共産主義者を攻撃したと き、私は声をあげなかった  私は共産主義者ではなかったから  社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった  私は社会民主主義ではなかったから  彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった  私は労働組合員ではなかったから  そして、彼らが私を攻撃したとき  私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」
 
 こうした構造の転換は、「凡庸の悪」を断つ「凡庸の善」を生活空間のなかに創 り出す、言い換えれば、凡庸の善と凡庸 の悪の言論空間(公共空間)を日常のなかに創り出すことにほかならない。
 依存と分配に明け暮れた、根なし草のユーレイによって脆弱化した公共空間を、 何によって維持し強くしていくのか。復 古主義的な価値観やナショナリズムによってか、それとも戦後日本の自由と民主主義、平和憲法の理念という「未完のプロジェクト」(SEALDs)を受け継ぎ、次の世代に手渡していく ことによってか。
 あるいは、東京一極集中システムにさらに地方を従属させ、地域を喪失した愛国 心を高めることによってか。それとも生 活領域としての地域と、そこにおける自治・コミュニティーの再構築を起点に、郷土愛―国益―地球益を再構築することによってか。

 「坂の上の雲」、そして「追いつき、追い越せ」の延長に、グローバル・スタン ダード(と思われている)に合わせた 「普通の国」を目指すのか。「失われた20年」を、未だに統治機構改革や新自 由主義改革で突破しようとするのか。その先に描くのは、どんな社会なのか。
 あるいは、「コロンブスの航海に始まる西洋の植民地主義と、民族を分断する形 で人工的に引かれた国境線。これを解消 しようとする動きが生まれ、対立が起きている」(前出 ガルトゥング博士)国際環境の変化のなかで、独自のユニークな立ち位置を獲得すべ く、未だ国民国家の枠組みが強固にぶつかり合う東アジアで知恵を絞るのか。またこのなかで、「課題先進国」としての位置取りを可能に すべ く、3.11後の新しい社会づくりに知恵を絞るのか。それをなしうる社会の底力―地域自治、住民自治、産業自治、エネルギー自治など―自 治力の涵養と、人間の復興にシフトしていくのか。

 安倍政権の「問題提起」によって始まった、凡庸の善と凡庸の悪の言論空間。こ れをさらに鍛え上げ、持続し、さまざま な領域へ拡張していこう。安全保障環境の変化とは何か、持続可能な経済とは何か、多様性に満ちた地域再生とは何か、人を活かす社会政策と は何か、社会的連帯の財政・税制とは何かなど、政策思想の軸の転換を着実に集積していこう。

(「日本再生」436号)
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「凡庸の善」で考え続けるために
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度重なる総理、大臣のいいかげんな答弁が、委員長預かりとなり、それについて政 府からはまともな見解も必要な資料もで てこない、というなかで、参院での9/11採決は見送られるようです。
60日ルールを視野にいれざるを得なくなる状況では、与党にとってのハードル は、さらに高くなっています。自民党地方 議員のなかからも、公然と「異議」が上がり始めています。

毎週金曜の国会前行動は、9月も引き続き行われます。
そして、あかりちゃんのツィート「法案が成立してもしなくても。 安倍さんが辞めてもや めなくても。 民主主義はきっと続 く。 続く限り、私たちにはやるべきことがある。 私 た ち が 忘 れ な い 限 り 。」←ここ大事

9月6日  学生と学者の共同行動(街頭宣伝)
      1500から 新宿伊勢丹前

日本全国デモ情報はコチラから→ http://www.magazine9.jp/demoinfo/   

□第八回大会報告集 刊行
第八回大会シンポジウム(講演とパネルディスカッション)の報告集ができまし た。
「凡庸の善」で考え続けるために、活用を!

一部700円 送料82円 
10部以上の場合、割引あり。

□シンポジウムin東京 
テーマ「外交、安全保障、国際関係」
10月18日(日)1330より1700
TKP市ヶ谷カンファレンスセンター 9階 9Aホール
http://tkpichigaya.net/access/

パネルディスカッション 中西寛・京都大学教授、李鍾元・早稲田大学教授
            川島真・東京大学教授 ほか
参加費 同人会員1000円/購読会員&一般 2000円

□シンポジウムin京都
「地域経済を起点に持続可能な経済を展望する」(仮)
 11月14日(土)午後
 会場 キャンパスプラザ京都 5階第一講義室
 参加費 1000円
 パネラー/岡田知弘・京都大学教授 佐無田光・金沢大学教授
      鋤柄修・中小企業家同友会全国協議会会長
      藤井正・京電協相談役、高岡裕司・吉田ふるさと村社長 ほか

□兵士Aくんの歌
 旅人さんが、アルバム用につくっている曲を、無料公開してくれました。
 http://tavito.net/blog/201507a.php
・・・彼は僕の友達 あれは僕の弟 彼はわた しの彼 あれはわたしの子・・・
・・・1人目の君は何を見るだろう 1人目の 戦死者Aくん ・・・1人目の君はどこにいるだろう この国の どこかで まだ 君が生きている
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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会
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