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「がんばろう、日本!」国民協議会
http://www.ganbarou-nippon.ne.jp
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▼Index 
□「凌ぎの時代」の日本再生へ  自治―参加民主主義の深化へ
□ お知らせ
□「囲む会」のご案内
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【はじめに】
「○○決戦」などとマズゴミが騒ぎ立てた不信任決議騒動。
終わってみれば、永田町にはなんともいえない脱力感が漂っている?

そんなこたぁ、どうだっていい! 
いい加減にしてくれ、とまともに怒るにも値しない。あの人たちとは関係ないところで、世の中は動いているのだから。

とある市長がこう言っていた。
「困ったもんですね。政府や国会がこのテイタラクでも、国民生活がなんとか回っているのは、まさに自治体がやるべきことをやっているからですよ。あんな人たち、半分でいいじゃないですか。ジャマさえしなければ、いいんです。
私も市議会には散々、足を引っ張られます。でも市民のために正しいと思うことは、例え否決されても再び提案し、議会を説得して通してきましたし、結果で必ず示してきましたよ。政治家とはそういうものじゃないですか。
市議会も、どうかと思うようなことはありますが、今の国会を見ていると、まだうちの市議会のほうがマシじゃないかと思えてきましたね」

「ねじれ」だから決まらない。○○だから決まらない、のではない。政治家は「信念のプロ」ではなく、「合意形成のプロ」。自治の分野では確実に、二元代表制という仕組みの下での合意形成のすべが集積されている。

【自治の力が試されている】
 東日本大震災は、改めて「自治の力」をわれわれに問うものとなった。被災状況をつぶさに見れば、介護施設や公民館などを海岸沿いの平地に造っていた市町と、高台に造っていた市町とでは、被災状況に違いが出ていることが分かる。これまでに首長、議会がどういう決定をしていたか、そして住民・市民がそれにどう参画していたのか(お任せだったのか)。また「世界最大」の防潮堤を乗り越えた津波は多大な被害を及ぼしたが、防潮堤を造れない地形だったからこそ、日ごろから住民が避難訓練を繰り返していた地域では、被害は少なかった。
防災・減災のまちづくりを「お任せ」にするのか、自治の力で取り組むのか、改めて問われている。

 復興においても自治の力が試される。元にもどす復旧ではなく新たに創る復興が必要、というのはそのとおりであるが、そのためには新たな区画整理や移住など、市民・住民の合意形成が不可欠となる。宮城県は震災から一ヶ月を前に、いち早く復興計画の策定に着手し、「職住近接から職住分離。住宅は高台に移住、職場には高い建物を」、「漁業を個人経営から株式会社化」などの構想を提示、「復興の主役は住民と企業。国、県、市町は側面から支援」といった方向を打ち出し、住民・市民との話し合いを始めている。
当然、住み慣れた土地からの移住や漁業の株式会社化などに対する住民の抵抗感は、少なくない。しかし方向性を提示することではじめて議論が始まり、議論を重ねるなかからこそ合意の調達が可能になる。

そのこともあってか、宮城県内では沿岸十五市町がそれぞれ、震災の教訓をいかした独自の復興計画を検討している。自治体によって進捗状況には濃淡があるが、十四市町は年内に計画をまとめる見通しで、そのプロセスでは当然、住民参加による合意形成が問われてくる。一方岩手県内では、津波被害を受けた十二市町村のうち、復興計画の構想が固まっているのは少数だという。

 国が復興計画を決めるのを待っているのか、それとも地方が主導するのか。地方が主導する場合でも、行政・役所が決めるのか、それとも市民・住民が決めるのか。住民が主体的に決めるためには、首長・議会をどう選ぶかにとどまらず、決定過程にどう参画し、またどのように検証していくかといったことが問われる。二元代表制を単純なチェック・アンド・バランスとしてのみならず、主権者市民が首長、議会それぞれをコントロールし、決定過程に参画していく仕組みとして使いこなしていく、ということが極めて実践的な課題となる。(そこから、現状の二元代表制の機能不全、とりわけ議会の機能不全の本質=「合議機関である議会が合議のプロセスを公開し、政策決定過程に市民が参加し、二元代表制の機能化を図る役割を担っていない」(白川同人)も見えてくる。)

 「住民が決める」ためには、資金も住民が自由に使えなければならない。復旧・復興の名の下に、中央省庁がここぞとばかり、ありとあらゆる予算案を積み上げてくる。そうしたひも付き補助金ではなく、地方が自分の意思で使える財源が必要であり、その際には縦割りや単年度方式を取り払うなど、既存の仕組みの大胆な革新が不可欠だ。地方分権一括法から十年あまり。これまで遅々としてしか進んでこなかった地方分権を、大きく前に進めるチャンスである。これまでブレーキ役となってきた永田町・霞ヶ関が動きがとれない今、それを実現する力は地域の自治の中にある。

 国が集めて国が配る、というお金の流れも変えるべきだ。東日本大震災に対しては、かつてない大規模な義捐金が寄せられたが、未だに被災者には十分に渡っていない。中央募金会や赤十字といった既存の官僚的中央集権的仕組みを通しては、われわれ市民の意思はなかなか実現されない。それよりも、地域で具体的なニーズに即して活動するNPOなどへ直接寄付するほうが、よほど意思のあるお金の使い方ができる。相馬市では、殉職した消防団員の遺児をはじめとする震災遺児を十八歳まで支援するとの決意の下、基金を設置、海外からも支援が届いている。あるいは被災地の企業を応援するファンドに出資し(マイクロファイナンス)、数年から十年単位で地域の復興に伴走する、という方法もある。

 自治・参加の実感や実践のある/なしによって、3・11後の風景の見え方は大きく違っている。

(以下、「日本再生」385号 一面に続く)


【お知らせを、いくつか】
*被災地支援ファンド(ほかにもあると思いますが・・・)  
セキュリテ 被災地応援ファンド   http://oen.securite.jp/

* 「までいの力」
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%84%E3%81%AE%E5%8A%9B-SEEDS%E5%87%BA%E7%89%88/dp/4904418093/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1307094823&sr=8-1
「までい」とは「丁寧に」「つつましく」という意味。村全体が警戒区域となった福島県飯舘村。豊かな自然に恵まれ、住民参加の総合計画で、「までい」な村を創ってきた飯舘村の記録です。震災直後に地元の出版社から発行された本書の売り上げは、飯舘村への支援となるそうです。


【囲む会のご案内】
●第20回 関西政経セミナー
6月5日(日)18時より ハートピア京都
「統一自治体選挙の総括と震災復興の課題」
コーディネーター 諸富徹・京都大学教授
パネラー 隠塚功・京都市議、上村崇・京都府議、戸田政康・代表
会費 1000円

●第98回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】
6月9日(木)18時30分  「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)
「市政を“見える化”し、市民と共有する」
ゲストスピーカー 松本武洋・和光市長
参加費 同人2000円 購読会員3000円(お弁当つき)

●第99回 東京・戸田代表を囲む会【会員限定】
6月21日(火)18時30分  「がんばろう、日本!」国民協議会事務所(市ヶ谷)
「自治分権を政治の変数として発信するために」
ゲストスピーカー 花輪智史、堀添健、布施健太郎(各同人)
参加費 同人2000円 購読会員3000円(お弁当つき)

政権交代後はじめて行われたこの統一地方選は、震災→自粛ムードの中で、自治分権の独自の発信力が問われる、これまでとは次元の違うものとなりました。したがってその敗北も、新たなステージで総括しなければなりません。「手ごたえ」がありつつも届かなかった選挙について、自治分権・主権在民のさらなる深化にむけてどう総括するか。同人の報告を受けて、議論したいと思います。

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石津美知子
「がんばろう、日本!」国民協議会
http://www.ganbarou-nippon.ne.jp
TEL 03-5215-1330 FAX 03-5215-1333