日本再生 321号(民主統一改題51号) 2006/1/1発行

次の政権選択選挙にむけた基盤整備としての'06年、その組織的結実をかける'07年(参院選、統一地方選)
〜「あろうべき二大政党」確立にむけたロードマップと'06年の性格〜


「小さな政府」、財政再建をめぐる攻防と「ポスト小泉」の権力闘争

 '05年からわが国は人口減少時代に入ったことが、統計から確認された。'06年は、人口減少時代に照応した「小さな政府」への方向性をゆるぎないものにすることができるかどうかの攻防である。'06年度予算をめぐるせめぎあいしかり、ポスト小泉をめぐる攻防しかり。「田中政治」に象徴される、右肩上がりの時代の分配政治の残滓を権力闘争の舞台から一掃して「ポスト小泉」へ移行するのか、それともそれらが「息を吹き返す」余地を残す結果として「ポスト小泉」を迎えるのか。(それによって、'07年参院選の風景も変わってくる。)
 「小泉後」に先送りされた消費税増税を含む本格的な税制改革論議を、どのような舞台で行っていくのかも、こうした'06年前半の攻防によって決せられることになる。かような意味で、財政再建をめぐる政策論争は、「ポスト小泉」をめぐる権力闘争の舞台となった。
 このなかで、八十三人の「小泉チルドレン」はどのように政治組織的に分解していくのか。小泉改革を支えてきた改革派は、どのように脱皮していくのか。そして前原民主党は、この攻防のなかで「政権交代可能な野党第一党」の存在感をどのように示していけるのか。また「小さな政府」への圧倒的支持を与えた国民は、右肩上がりの時代の分配政治の残滓を一掃するために、この攻防をどうとらえ、政党を検証し、あるいは要求していくべきか。
   「小さな政府」が何を指すのかについては、いろいろな解釈が可能であろうが、多くの国民が期待しているのは、「無駄な歳出をカットすることで借金財政から脱却し、少子高齢化への対応を可能な限り増税によらずして実現すること」(枝野幸男議員メルマガより)であろう。そのためには、右肩上がりの時代に肥大化した「官」とそこにぶら下がっている構造に徹底的にメスをいれることである。これがどこまでできているのか―それこそが、小泉改革に対する第一の検証基準にほかならない。
 例えば'06年度予算においては「新規国債発行を三十兆円以下に抑える」との目標が復活するという。しかし一方で、家計の増税(定率減税の廃止など)は三兆円である。この分の増収がなければ、今回も三十三兆円の新規国債発行が必要だった('05年度は三十四兆円発行)ことになるなら、歳出カットによる借金依存体質の改善は、ほとんど進んでいないことになる。
 あるいは無駄遣い、癒着の温床といわれる特別会計。政府は「行政改革の重要方針」のなかで、特別会計については五年間で二十兆円の財政健全化への貢献と、現行の三十一会計を二分の一から三分の一にするとしている。しかし特別会計の総額は三八七兆円、特会同士の重複部分などを除いても二〇七兆円にのぼっている。二十兆円では、たった一割ではないか。また「数」を減らしても、独立行政法人化などの「看板の架け替え」では、「税金を食う」流れそのものは変わらない。
 しかも特会の収入のうち四十七兆円は、一般会計からの繰り入れでまかなわれている。つまり一般会計歳出の六割近くを使っていることになるわけで、ここが予算審議の「枠外」にある

という構造そのものを問わなければならない。一般会計の審議が厳しく行われるようになると、特別会計に逃げ込み、特別会計が叩かれるようになると、独立行政法人に逃げ込み、そこにチェックが入るようになると、今度は公益法人に逃げ込み、最後は「民営化」で逃げ切ろうとする。この無責任連鎖こそ田中政治の依存と分配の本質であり、ここを断ち切らなければならない。
 「行政改革の重要方針」(これに基づいて「行革推進法案」(仮称)を通常国会に提出予定)のようなやり方で、はたしてそれが断ち切られるのか。依存と分配の政治が「逃げのび」「息を吹き返す」余地を与えることにならないか。そこを厳しくチェックすることで、「ポスト小泉」に田中政治の残滓を残す道を断ち切ることだ。
 同時に、政権交代こそがこの無責任連鎖を断ち切るすべだというリアリティーを示せるかが、前原民主党には問われることになる。巨大与党を前にして、国会内でリアリティーを示すのは不可能である。リアリティーを示す舞台は院内外が連動した国民的運動であろう。例えば特別会計がらみの無駄遣いや不合理は、多くの場合、法律より下のレベルの政令・省令に基づいて行われており、国会審議からだけではなかなか見えてこない。それが見えるのは「現場」である。つまり自治体議員や党員が、一般市民といっしょになって「これはおかしい」という声をあげ、それに院内の審議や追及が連動し、その成果をふたたび「現場」に返していく。そのときに、個別から始まった問題を仕組みの問題として、政権交代のリアリティーにつなげて返していけるか、そして「納税者」=主権者としての責任を呼
  び覚まして返していけるか、が問われることになる。(それがないと、五十五年体制的野党の「批判ばかり」になる。また「公務員がけしからん」「地方が無駄遣いしている」という都市部の無党派主義の延長では、税の公的性格が抜け落ちることになる。)
 「小さな政府」にむけてこの間とられてきた手法は、民営化と分権であった。この検証も必要となる。
 民営化によって、談合や無駄遣いが一掃される担保は何もない。道路公団は民営化されても、採算の合わない道路を造り続ける仕組みは確保され、成田空港公団は民営化後も談合を続けていた。構造計算偽装問題は、「官から民へ」によって、それまで「官」がやっていた無責任を「民」でさらに拡大することとなった。田中政治―日本型社会主義の本質は総無責任連鎖であり、「公なき官・民」の本質が全面露呈したのである。問題は「官」であれ「民」であれ、守らなければならない公共性、社会的責任とは何か、それをどのように担保するのか、ということである。
 「民営化」の是非、というステージは総選挙で決着がついた。総無責任連鎖の逃げ込み先としての「民営化」という道を断つためにも、「公」「政府の役割」をめぐるコンセンサスをつくるための論戦へと、舞台を転換させなければならない。
 分権については、当初の目標であった「三兆円の税源移譲」を、一応形のうえではクリアした。しかし本来の目的であったはずの「地方財政の自立化」とは無縁に数値目標が設定されたため、最後まで「数合わせ」に終始し、地方の自立よりは、国の赤字を地方にツケ回すという側面が強いものとなった。

 この先をどうするのか。一定の税源移譲は「地方の腕の見せ所」ともなりうるが、また「○○円の税源移譲」という「数合わせ」を繰り返していくのか。そうする間にも、少子高齢社会・人口減少社会は進行していき、自治体の対応は否応なしに迫られる。
 ここでも、田中政治の本質である無責任連鎖を断ち切ることが必要だ。三位一体改革に関する改革派自治体側の総括は、第一に税源移譲を市民とともに求められなかったこと(肝心の市民から「国と地方の分捕りあい」に見えてしまったこと)、第二に自治体の側にも交付金頼みの体質があること(おねだり自治体)、ということになろう。つまり徹底した住民自治によって、田中政治(補助金バラマキ)とおねだり自治体との依存関係を断ち切る、その攻防を構えながら分権―税源移譲を進めるということになるだろう。これは、自治体財政の破綻という厳しい現実に直面するところから始まる場合もありうるだろう。
 この攻防の焦点は、'07年の統一地方選挙となる。'06年はそこにむけて、地域・コミュニティーのなかから「自立」の芽を育て、その代表を「バッジをつけた主権者」として送り出していく下準備の年としなければならない。またこうした基盤整備と連動してこそ、政権交代のリアリティーは生まれてくる。あるいは田中政治の残滓を断つことから「ポスト小泉」が誕生すれば、その過程にこうした息吹きが参画してくることも十分ありうるだろう。
 小泉改革は、田中政治の「本丸」であった道路と郵政に、とにもかくにも手を付けた。その「延命」の余地を残して「ポスト小泉」となるのか、それともその残滓を断って「ポスト小泉」が誕生するのか。そして前原民主党は、「小泉改革の先」を見据え
  た存在感、対抗軸をどう準備するのか。'06年の攻防は、かような性格のものとなるだろう。

小選挙区時代における「政党本位の日常活動」の確立を

 '06年秋は自民、民主ともに党首選を迎える。「ポスト小泉」をめぐる攻防の性格は前述したとおり(田中政治の延命の道を断つ)であるが、同時にこの過程にどれだけ国民参加の要素を入れていけるか、が問われることになる。
 '05年総選挙の意義は、有権者の一票が政権のあり方を決することを実感させた点にある。自民、民主の党首選は、次の政権選択選挙の「顔」を決める場であり、それを「身内の論理」ではなく開かれた国民参加によって決せられるかは、国民政党への脱皮という点でもきわめて重要となる。
 別の側面から言えば、党首選というのは小選挙区時代における政党としての日常活動の最も基本的なものだということになる。中選挙区なら十数パーセントの得票率でも当選できるため、利害関係者をまとめる活動でも当選できるし、それは候補者個人の活動で十分カバーしうるものであった。しかし小選挙区では五十一パーセントの得票が必要であり、都市部でいえば十万票をとっても勝てない選挙になる。小選挙区では、政党本位・政策本位の活動が問われるという意味は、中選挙区の延長での「日常活動」ではなく、小選挙区時代の「政党としての日常活動」が問われるということである。
 そのひとつは、政党支部としての活動である。県連という単位もあるだろうし、地方議員との連携もある。ここが田中政治・右肩上がりの時代の「親分・子分」や「系列」あるいは選挙互

助会ではなく、マニフェストで紀律化された関係になっているか。「顔が見える関係」で支持を獲得してくる地方議員のところが、「口利き」「お世話」ではなく「政策で人間関係をつくる」「政策と顔と名前が一致する」方法で有権者との関係をつくっているか。そういう地方議員と連携できる国政候補者・議員なのか、ということになる。マニフェストで地域に根をはった政党支部があれば、候補者の選抜もそれによって行われることになる。
 '07年の統一地方選は、こうしたマニフェストに紀律化された政党としての地力の最初の試練ともなるだろう。自民党にとっては、小泉旋風の余勢をかった党綱領(「小さな政府」)と、そこからの地方支部の紀律化(県議の公認基準や「刺客」の新支部など)が、どれだけの地力に結実しているかが試される。民主党にとっては、選挙の度ごとに言われてきた「日常活動の不足」について、はっきりと中選挙区の延長での「日常活動」ではなく、小選挙区時代の「政党としての日常活動」とは何かが見えて、'07年を準備しうるか。
 党首選は、こうした「政党としての日常活動」にとって、きわめて重要なものとなる。言い換えれば、「身内の論理」や永田町の駆け引きで党首が決まったり、一般党員票やサポーター票が業界や団体の意向で動かされたりするのではなく、次の政権選択選挙の顔(次の総理候補)を選ぶ一票に参加する、という党首選をどこまで展開できるのか、である。
   '06年秋の党首選を、「政党としての日常活動」として明確に位置づけ、有権者の政党活動への参加の場として組織しうるか。これは自民、民主ともに、開かれた国民政党へ脱皮するチャンスでもある。
 さらにいえば、次の政権選択選挙の顔を選ぶ以上、そこで掲げるマニフェストについても、その基本的な価値観、骨格についての議論も、この党首選の過程で国民に開かれた形で行われることが望ましいし、それが本来の「政党としての日常活動」のありようであろう。端的に言えば、「次の総理候補を選ぼう」という時に「どういうマニフェストなのか」「政権選択の争点は何か」といったことが伴わなければ、国民運動しての広がりはもたない(結果として「身内の選挙」になる)。あるいはそういう「中身」抜きに、国民参加の体裁をとろうとすれば「人気投票」「○○劇場」ということになる。
 '05年総選挙での半歩前進―政権選択選挙の定着を、さらに前へすすめ、次の政権選択選挙をより中身の濃いものにするためにも、'06年党首選は国民参加という方法論においても、マニフェストと顔の一致という点でも、重要である。
 '06年、小選挙区・マニフェストという“道具”をより上手に使いこなし、政権選択選挙―政権交代の基礎インフラをさらに発展させよう。この基盤のうえに、'07年参院選と統一地方選を構え、次の政権選択選挙と「あろうべき二大政党」へのステージを整えていこう。