民主統一 260号 2000/12/1発行


国民主権をさらに鍛え、磨きをかけよう!
「がんばろう、日本!」国民協議会運動の本格的展開を

一段とすすむ有権者の自覚、さらに深まる主権者としての決断

 確実に成熟しつつある有権者の覚醒が、ついに「保守本流」を自認する加藤紘一氏をして、倒閣の行動に打って出さしめたという情勢の下、「がんばろう、日本!」国民協議会運動をよびかける11・19集会は、約三百人の参加で開催された。
 「国民を巻き込んだ長いドラマの始まり」とは、国民主権の再確立―有権者再編をおしすすめる力勝負によって、日本再生・構造改革のための政治決戦を構えるということである。
 基調演説は述べる。「国民主権とは、権力の所在は国民にあるということ。その責任を引き受けるように国民に訴え続ける(十年でだめなら三十年、それでもだめなら五十年!)ことが、本来の政治活動である」と。
 民主主義とは国民に力があることを信じ、その“神話”を現実のものとするために戦い続けることである。
 その意味で、加藤氏にとっての「第一幕」がどうであれ、すでにこの十年近くを「第一幕」として、かような意味での国民主権の主体たるべく、自力で切り開き、またその経験を蓄積し、あるいは一歩一歩自己鍛練を積んできた人々によって、第二幕は始まろうとしている。
 この第二幕は文字どおり、国民自身が主権者として、当事者責任を負って登場する以外にはないドラマである。だからこそ、「がんばる日本と日本人を回復する」矜持ある国民運動の秋なのである。
 十一月十九日の会場には、そうした主権者意識を持ち始め、またそれを他の人に訴えてきた(これから訴えようとする)人々が集まった。講演やパネルディスカッションを通じて各々が、「第一幕」―この十年の再編・激動をどう生きてきたのかを静かに振り返りつつ、新しい世紀の幕開けに果たすべき自らの役割に思いをはせ、またそれを担う決断を改めて確認し、互いに共有する場となった。また、会場のあちこちでは熱心にノートを取る姿が見受けられ、有権者再編をおしすすめるための教訓を紐解く、格好の「学び」の場ともなった。
 連帯とは、それぞれが持ち場での責任を果たしてはじめて成り立つ。日本再生・がんばる日本と日本人の回復のために、互いの持ち場での役割を果たそうという責任意識、そこから生まれる信頼感や連帯感は、一時の熱狂とはまったく異質な、きわめて落ち着いた、しかし確固とした意思や決断として、深く静かに広まっていく。
 そこでは「加藤政局」の顛末も、有権者の自覚を促進するひとつのエピソードにしかすぎない。「期待したのにガッカリした」「力が抜けた」というのは、自らの虚ろが露呈しているだけのことである。戦後の虚ろとは結局、国民主権ということがいかなる意味でも分っていなかった(ただそれだけのこと)にほかならない。
 主権者とは、「自らの社会の命運を冷徹に見通し、それに対して一定の責任を感じることができる人」である。自分で働いてメシを食う、それで家族を養う、それ以上のことは考えてこなかったという、文字どおりの「普通の人」、熊さん八さんを自認する人たちのなかから、こうした主権者としての責任意識が芽生え始めたとたん、液状化し、あるいは虚ろになる既存政党や「政治意識」とはいかなるシロモノなのか。
 こうした主権者意識を訴え続け、それが普通の人のなかに生まれる(歴史的情勢)まで、「戦いつつ待つ」ことができるまでの信念や矜持とはどれほどのものなのか。この十年、主権在民の底上げとして改革の意思を貫いてきた者の、志や信念とはいかなるものだったのか(その多様性をまとめあげることから、次の時代のリーダーが選別されていく)。この「十年」の実際に確かめられた事実によってのみ、こうしたことが明らかになっている。だからこそ、個々の政策ではなく、信念とか理想、志が問われている。(「財政構造改革」という政策で「パーシャル連合」というのは、「論理的」にはありえたとしても、現実的には、国民主権の再確立の戦いなしに、そのための政治的エネルギー、決断は生まれようはずがないということ)
 九八年10・10集会では、戦後初めて「国家的危機」を意識し、「政治家、指導者の職責を尊敬せよ」との一喝に、リーダーを選ぶフォロワーとしての責務を自覚した人々がいた。九九年9・19集会では、主権者としての自覚から「戦後の根底的見直し」を「自らの生き方の転換」「公なるものへの献身」として、そこから「自由と民主主義」の側にたつとの気概が芽生え始めた。
 それに応じて、「敵」も明らかになる。バラマキ、行政依存人の構造は、「上」では蜃気楼として、「下」では「食い逃げ」「逃げ切り」として集合している。(例えば、「このままでは年金が破綻するのは明らかだが、自分の時にはまだ何とかなる」「このままでは会社はもたないが、なんとか合併でごまかせば、自分は円満退職できる」という感覚。しかも「逃げ切り」を意図して画策しているわけではないから、つけるクスリがない。)
 総無責任社会、崩れゆく社会を前に、「これ以上、逃げ切るわけにはいかない」という普通の人々が、主権者としての責任を引き受けることが問われている。それが「がんばる日本と日本人」の回復である。一歩先んじて引き受けた人が、自らの教訓を他に訴えて、国民主権の伝導者になっていく。それが「がんばる日本と日本人」の回復である。国民主権の“神話”を現実のものとするめに戦い続けてきた人は、志士として駆け抜けて後進に道を開く。それが「がんばる日本と日本人」の回復である。
 「これ以上、逃げ切るわけにはいかない」というところから、「自分の目先の利害を超えたなにものか」「新たなる公」ということが見えてくる。それに対する責任意識をもって政治や政治家を見る場合と、そのことがなくて見る場合とでは、まったく違ってくる。そこから、「信念や理想、志が時代をつくる」という“神話”を信じることができるようにもなる。それを現実のものとするために戦う(他に訴える)気概を自分のものとすることもできるようになる。
 主権者としての決断は、至るところで、さまざまな形態で深まりつつある。これらを歴史変革のパワーへとまとめあげ、二十一世紀に国民主権の新時代を拓くべく、「がんばろう、日本!」国民協議会運動を、本格的に展開しよう! 「がんばる日本と日本人の回復」は、あなたから始まる!

国民主権の発展を、過去−現在−未来にわたって語れ!
戦後の全面的清算−構造改革のパワーはそこから生まれる

 「がんばろう、日本!」国民協議会・要綱(案)は、「目的と役割」で、かく提起する。
 「国民主権を過去―現在、そして未来にわたってまで語ること。それによって、『国家と政党、公にかかわる忌避と歪み』に満ちた戦後を根本的に清算し、国民主権を発展させる。国民主権の発展を過去―現在―未来にわたって明らかにすること。この観点から、社会保障、安全保障、循環型社会など国家、社会の基本構造改革を推進する。国民主権の発展としての憲法改正(創憲)は、それらの集大成にほかならない」
 今や誰もが「改革」を言う。構造改革の基本課題は、橋本内閣でほぼ整理されたと言っていい。(五十年も手を付けなかった)憲法さえ五年をメドに、国会に憲法調査会が設置された。にもかかわらず現状は、「変わろうとして変わりきれないでいる」。
 何が足りないのか? 変革のパワーである。
 政治改革のとば口で(席替え劇に)疲れ果てた政治には、いかなるパワーも枯渇している。変革のパワーは、国民主権の“神話”を信じ、それを現実のものとするために戦い続けるところからこそ、生まれる。
 例えばこんなふうに。
 《細野豪志・衆議院議員二十九歳(今回の総選挙で初当選)の11・19集会に向けたメッセージ―「日本は今、国難の真っ只中にあります。深刻なのは、党利党略に奔走してきた『政党』と、票と金にしか興味を示さなかった『政治家』に辟易した国民の多くが、すでに政治にあきらめの気持ちを持つに至っていることです。政治に関心を失っている二十代の世代にあって、二世でもなく、資産家でもない、自らの決断で国会議員となった私は、国民と直接的な信頼関係を構築するべく闘う日々を送っています。…『がんばろう、日本!』国民協議会は、国民の側から政治を問い直そうという取り組みです。…しかし、自らが二十一世紀を生き抜き、子供たちに豊かな日本を残すためにあきらめるわけにはいきません。今日の日が、皆さんと共に日本の二十一世紀を考えるきっかけとなることを祈念してやみません」
 まいったね、うれしいじゃないか。リーダーの素養ある若手政治家がここまで覚悟してがんばっているのだから。これで俺たちが、有権者側から手を結んで行かなければ絵にならないよ。(団塊世代の11・19集会の感想より)》
 国民主権の発展を過去―現在―未来にわたって語れ。そこから変革のパワーは生まれてくる。
 九三年、自民党を飛び出した小沢一郎氏は、著書『日本改造計画』で、「国民の責任」「国民の意識改革」を「祈りにも似た気持ち」で繰り返し問うた。戸田代表は三十年間、「国民主権とは、権力の所在は国民にあるということ。その責任を引き受けるように国民に訴え続ける(十年でだめなら三十年、それでもだめなら五十年!)ことが、本来の政治活動である」ということを貫いてきた。こうした信念や矜持を今、膚で受け止めて、自らの気概としようとする人々が生まれている。
 また今では、少なくない議員が有権者に向って、「国家が何をしてくれるかではなく、未来への責任をわれわれがどう分かち合うか」と直接問うている。構造改革の鮮明な旗を掲げているのは、そうした人々である。11・19集会パネルディスカッションでは、次のように述べられている。
 「(構造改革で)自由で規律ある社会を目指す。そのための税制改革であり、社会保障改革。民主主義の発展にもつながる」
 「情報公開で、国民にも責任を共にしてもらうところから、財政構造改革や経済構造改革の厳しい話を合意形成する。自分たちで解決していくという発想の転換を励ますための税制改革や社会保障改革」
 「国家の重要な決定に国民が参加する(首相公選、国民投票)ことによって、参加とともに国家に対する国民の責任意識を生み出す」
 「何でも国にやってくれということでなく、自分たちで解決できるものは解決する。その仕組みとしての地方分権やNPO、社会保障改革」
 まさに構造改革とは、国民主権を再定義、再確立するための障害を取り除き、旧い時代の民主主義や社会的公正(敗戦の焼跡を原風景とし、社会的不平等としての貧しさを是正することを社会的公正としてきた時代の民主主義)を、新しい時代の民主主義や社会的公正の発展を助けるための仕組みに取り替えることである。
 それゆえに、憲法改正の核心は、国民主権の発動の仕方を歴史的に発展させるために必要かどうかという一点に絞られる。それ以外の問題なら、解釈改憲で十分こなせる問題ということになる。国民主権の発動の仕方を歴史的に発展・更新させるためにこそ、憲法改正には国民運動が不可欠なのであり、またそれを伴わずして、「国家の大事」たる憲法改正のエネルギーはどこからも生まれないのである。
 これは既得権層との権力闘争、その決着戦である。逆に言えば、国民主権の発動の仕方を歴史的に更新する、という領域での闘争を構えずして、そこに国民が主権者として参加することを伴わずして、他の問題(逐条)で憲法改正を論じても、改革にはノミの一跳ねもしない。
 国民主権の過去―現在までのさまざまな発展がひとつに交差し、そこから未来の発展が照らし出されるという歴史のある瞬間。そこに、時代を前に回すパワーが生まれる。その時が、歴史の転換だ。
 国民主権の歴史的発展のなかに、自らを位置づけよう! さすれば、国民主権の発展のための信念や矜持を、自ら自身の気概とすることができよう。 
 国民主権の歴史的発展のために、普通の人の無数の小さき一歩を踏み出そう! さすれば戦後五十年を、国民主権の発展のための下準備として「清算」することができよう。
 かような国民主権のパワーを、一人が三人に、三人が十人に、十人が五十人にと、タンポポのように全国に拡げていこう。
 二〇〇一年九月二十三日。「がんばろう、日本!」国民協議会 全国大会(仮称)へ!
 “その時、時代が回った” 平成の草莽崛起をよびかける!