民主統一 252号 2000/4/1発行

衰亡する戦後政治を清算する力強き改革政治を
自尊と主体性に立った真正改革保守を

最終幕を迎えた自自公の遠心過程、
衰亡する戦後政治を清算する力強き改革保守を

  自自公の遠心過程は、いよいよ最終幕を迎えようとしている。小沢氏の「四度目の正直」を云々するような、皮相的な話ではない。
 自自公連立はそもそも、「自民党が弱い」構造である(飯尾潤・政策研究大学院大学助教授のインタビュー参照/『民主統一』二四八号)。自民党に象徴される「戦後政治」の空洞化を補強するのが自自公の意味であり、したがって必然的に、求心力ではなく遠心力が働く。だからこそ批判する側も含めて、自自公の「向こう」に向かってどう跳ぶのかが、決定的なのである。
 そして着地点、すなわち「戦後政治」の国民的基盤に替わる新しい支持基盤―国民内部の新たな利害の亀裂が見えているものは、そこに向かって「死の跳躍」(『民主統一』二四九・新年号タイトル参照)をするしかないとなっていった。自自公の遠心過程とは、かような意味である。
 別の角度から言えば、こうである。自自公の遠心過程をどこへもっていくのかは、永田町的に言えば三つのシナリオがありえた。
 自公によって戦後政治の衰亡を補強するシナリオ。これは「改革」ということから言えば、「先送り」である。小渕政権の不支持が支持を大きく上回っている要因はこれであるが、国民内部に一定の支持基盤があるのもはっきりしており、「カメカゼ」(「やさしい」保守)もそのかぎりでは効果がある。(一方で、それによってさらに、自民党政治の支持基盤は流出する。だがいずれにせよ、自民党政治の国民的支持基盤の崩壊は、もはや押しとどめようがないのであるから、新しい支持基盤を特定し、それを固めることなしに、生き残ることはできない。そのためのひとつの選択肢であることは事実)。
 第二のシナリオが、小沢氏が追求してきた保守再生―保守新党の構想。第三のシナリオが、民主党を軸にした政権交代構想。しかしこれらはいずれも、「役不足」「力不足」のままであった。新たに台頭しつつある、改革の国民的支持基盤を打ち固める上での「役不足」「力不足」である。
 にもかかわらず世論調査では、なぜ依然として、民主党への支持率・期待値が(予想外と言ってもいいほど)高いのか。なぜ依然として、小沢氏に対する期待が、とりわけ無党派層や民主党期待層のなかで高いのか。
 構造改革を支持し、期待する国民の基盤は、確実に固まりつつある。それは風や気分ではなく、現状維持との間での生活の利害の亀裂となっているのだ。もはや国民の意識分岐は、戦後政治の枠内の亀裂(「右」「左」という疑似体制選択論理の基盤)に沿って走ってはいない。現状維持か改革か、という全く異なる分岐が、生活の利害の亀裂を伴って走っている。自自公の遠心過程とは、このことでもある。
 この新しい社会的分岐―国民の政治的ニーズと、永田町の「改革派」の行動(とりわけ自由党と民主党)とのミスマッチが、前記世論調査に現れているといえる。
 保守再生とは、改革保守新党のことであろうが、それを「自自合流」としか表現できない(受け取らせられない)弱さはどこから生じるのか。自自公批判の延長での「模擬国会」しかできない「政権交代」論の弱さは、どこから生じるのか。
 結論から言えば、それは衰亡する戦後政治を清算することへの「および腰」や「中途半端さ」から派生する。そこから永田町的理屈の前に、「決断の機会」を逸し、攻勢のチャンスを見送り、ということをくり返した結果の、今日の事態なのである。
 衰亡する戦後政治の清算とは何か。それは政府の腐敗や外敵の侵略という危機ではなく、社会共同体がその基礎から崩壊し、「内なる虚ろ」によって解体しつつあるという危機に対して、その社会共同体を維持し守るという意思も主体性ももたない構造を、清算するということである(『民主統一』二五一号参照)。
 国家が崩壊する時に、一番悲惨な事態に直面するのは「普通の国民」である。エリートは、国境を容易に超えることができる。自分のメシさえぶらさがっている者には、「守るべきもの」など存在しない。しかし多数の普通の国民、身近な共同体の諸関係の中で人生を過ごし、その中で「守るべき小さき何ものか」を自力で築いてきた人々にとっては、社会共同体を維持し、その秩序を担保すべき国家が崩壊し、政治の意思が脱力化することは、生活の危機を意味する。今起こっている危機、「日本社会が危ない」という感覚は、こういうところからのものである。
 共同体が安定している時の改革は、よりいっそうの個の発展や、その多様性を求めるものとなるのは当然である。だが、共同体の存立が危うくなっている時の改革は、力強き秩序回復―「守るべきものを守るためにこそ、改革しなければならない」という改革保守である。(韓国、インドネシア、そして台湾で起こった政権交代と改革は、基本的にこうした性質のものである―後述)
 そのためには、戦後政治なかんずく、自民党政治の国民的基盤を清算し、覚醒しつある国民に直接立脚する組織戦略が必要であり、そうでなければ実際の行動は、不断に永田町―戦後自民党政治の論理との妥協の繰り返しとなる。こうした意味での、衰亡する戦後政治を清算することへの「および腰」「中途半端さ」に、最後の幕を下ろす時が近づいたのである。
 政治の意思が脱力化している時には、肚をすえることができれば、「化ける」ことはできる。誰にでも好かれる人物では、何を託してよいのかわからないが、「確かな思い」がある人物、ポストや議席に左右されて自分を見失うことがない人物になら、何かを託せる。今はそういう時期なのだ。
 自自公の遠心過程の終幕を、衰亡する戦後政治を清算する力強き改革保守政治の幕開けへと転じよう!

相次ぐ政権交代
東アジアに幕を開けつつある「自由・民主」の新時代

 台湾での政権交代を、ある人は「ベルリンの壁崩壊に匹敵する」と評した。韓国、インドネシアに続く台湾での政権交代は、アジアに(欧米とは別の道を通って)政権交代までをなしとげる民主主義が、社会的に成熟してきたことを意味している。自由や民主主義、人権といった近代の普遍的価値を、「欧米とアジアは違う」という理屈を介さずに、共有しうる新しい歴史的ステージが、姿を表しつつある。それはまた、「植民地化」と「分断」を強いられたアジアと、「大東亜戦争」の誤りを通った日本のそれぞれの近代を、歴史的に総括しうる「共通の場」でもある。
 韓国、インドネシア、台湾は、いずれも冷戦下において「外敵」の脅威との関係で専制的政治体制に正統性を付与し、自由や民主主義への制約を正当化してきた。韓国は北の脅威、台湾は大陸との「内戦」、インドネシアは共産主義の浸透と多民族国家の分裂という脅威。それらに、自由や民主主義への制約こそがむしろ発展の障害であるという、新しい国民合意が生まれ、そこから政権交代が可能になったのである。
 自由、民主主義、人権の発展を、国家や共同体の維持―発展と結びつける。それがこの政権交代のカギである。それは新たなナショナル・アイデンティティーへの国民統合でもある。
 金大中・韓国大統領は、韓国民主化の歴史の上に「第二建国」の旗を掲げた。陳水扁・台湾新総統は、台湾化と民主化の中から生まれた「新台湾人」のアイデンティティーと改革を結びつけた。
 ワヒド・インドネシア大統領が率いるナフダトゥール・ウラマーは、これまでに二回、国家の危機に際して大衆動員を行った。一回目はインドネシア独立闘争時。二度目は共産党のクーデターで社会が無秩序になった時。いずれも「聖戦」と位置づけた。そして、民主化と社会的調和を自らの使命とするワヒド氏は、スハルト体制を批判し続け、スハルト時代はもとより、ハビビ「改革」とも一線を画し、「第二の独立を経て新生インドネシアの誕生を目ざそう」と呼びかけた。
 外敵や国家的分裂の危険を理由に、自由や民主主義を制約するという「アジア的政治」の空間が、歴史的に終わりを告げている。アジアにおけるこの構造変化の意味は大きい。この構造変化が、最近の中国外交の「不適応性」の原因である。自由や民主主義の発展とむすびつかないナショナリズムは排外主義であり、自尊と主体性を失った民主主義は、欲望民主主義である。
 わが国において「衰亡する戦後政治」を清算するために、この環境変化は格好の条件である。欧米との関係で自由や民主主義を論じればコンプレックス、アジアとの関係で自由や民主主義を論じれば、贖罪や慢心、戦前モードという分裂状況に終止符を打ち、疑似体制選択の派生物としての「現状維持保守」を清算しうる力強き政治こそが、求められている。自由と民主主義を、自尊と主体性をもって体現しうる改革保守、「お任せ・安心」ではなく「信頼・自立」の改革保守の幕開けへと、「がんばろう、日本!」