民主統一 226号 1998/2/1発行

金融・通貨危機の中から見えてきた、歴史的転換・抜本的改革のための東アジア共通の“原風景”/アジア太平洋新時代にむけた戦略的合意形成のために

過渡期の不安定性に対処する各国の共同責任システムの構築にむけた国境を超えた“原風景”の共有

 昨年後半から一気に拡がった東アジアの金融・通貨危機は、「21世紀型」と言われるように、グローバルな金融市場の誕生と、情報技術の革新によって資金が瞬時に、かつ大量に移動するという経済の新しい姿をまざまざと見せつけた。構造的な問題は抱えつつも、実体経済は必ずしも悪くない国までが、突如として危機に巻き込まれるという進行は、「東アジアの奇跡」がかつてないほどの国際的な相互依存関係によってもたらされたものであることを改めて示している。
 東アジアの経済を一国的な枠組みから分析することの限界は、渡辺利夫氏などによって指摘されているところである。東アジアの成長も危機も一国的なものではありえず、したがってその対処・解決も一国的なものではありえない。冷戦終焉後ある種の「幸運」にも助けられて、全てプラスに作用してきたこの地域の相互依存関係を、後退させたり損ねたりせずに、新しい段階・質のものへといかにして発展させていくのかという視点からの対処・解決が求められる。その意味で、今回の金融・通貨危機の「出口」は、アジア太平洋(とくに東アジア)における、金融・通貨政策をめぐる各国の共同責任システム構築への道をいかに見いだしていくのかという点にある。
 そのための共通の“原風景”は、冷戦時代にはもとより近代を通じて域外大国による秩序の下に置かれていたアジアの「アジア化」(アジア人のアジア)であり、領土国家を主体とする「政治・軍事世界」に代わる「通商の世界」である。
 金融・通貨危機への短期的な対処策という点では、依然としてIMFー米国の役割は重要であるが、長期的な視点から、この地域における過渡期の不安定性に対処する共同責任システム構築の上では、日本とともに中国の役割がきわめて重要となる。「アジア経済安定のための防波堤」という日本の役割が鮮明になった瞬間、従来までの「景気対策か財政再建か」という一国的な政策論議の枠組みは、吹き飛ばされた。中国元の切下げをめぐる政策判断もまた、すでに中国一国の利害の枠組みではなされないものとなっている。
 中国の経済成長は、なによりも東アジアの相互依存関係によって支えられるものであり、それを可能にしたのはこの地域における平和で安定的な国際関係であることは、中国自身もよく知っている。この平和で安定的な国際関係という「公共財」を支えるために、中国にも自国の利益からだけではなく、「地域の責任ある一員」としての関与ー政策選択が求められる。安全保障分野における(旧来の「古典的な」主権国家論から)多国間協調へのシフトとともに、この間の経済危機に対する積極的な関与には、中国のこうしたスタンスの変化が伺える。
 九八年は、アジア太平洋地域における過渡期の不安定性に対処するための共同責任システム構築への、新しい踏み込みの年となるだろう。日米中ロの間ではじまった新たな相互関係は、安保対話や防衛交流の面での多国間関係へと進展しようとしている。ロシアを加えたAPECは、貿易と投資に加えて安全保障分野でも、いっそう重要なものとなるだろう。金融・通貨危機が小康状態に入れば、IMFを補完するようなアジアの通貨安定システムや、政策協調の枠組みづくりが課題になる。
 こうした中で、わが国の役割、国益はさらに具体的に絞り込まれていくとともに、この地域における次世紀にむけた戦略的な合意形成と、そのパートナシップを構築していくべき課題も山積している。

東北アジア安定の責任を分かち合う戦略的パートナーとしての日韓新時代にむけて/韓国新政権の誕生によせて

 この2月、韓国では初の与野党政権交代を実現した金大中・第15代大統領が誕生する。国家的危機に際して韓国国民は、抜本的改革のための政治的なリーダーシップを求めたと言えるだろう。IMFの支援策とともに実質的な新政権と国際銀行団との間での債務繰延べ交渉が決着し、当面の危機はなんとか回避できる見通しがついた今、財閥の改革と(それにともなう)失業問題の解決という、より構造的な改革が最大の課題となっている。
 わが国も含めて東アジアの金融・通貨危機の下地には、金融システムの不透明性や政財官の癒着といった共通の問題がある。こうした中で痛みを伴う改革をおしすすめるためには、既得権層の癒着に切り込む政治的リーダーシップが不可欠である。政権組み替えをおこなったタイや、与野党の政権交代を実現した韓国と、政府への信任が極度に低下しているインドネシアの例は象徴的である。民主主義と市場経済の成熟が、新しい段階で求められているのだ。
 日韓関係は、金泳三政権との間では「未来志向」がうたわれながらも、統一問題や歴史問題などをめぐって関係がギクシャクしたが、新政権との間で、戦略的な日韓関係を構築していくための課題は何か。韓国新政権は、経済危機の克服ー構造改革と、南北関係の打開という歴史的課題を、「第二の建国」と位置づけている。前述した東アジア、ひいてはアジア太平洋の新たな歴史的情勢と合わせて、現在の時期は、日韓がこの地域における戦略的なイコール・パートナーとなりうる「絶好の機会」であろう。
 韓国の金融危機の問題は、小此木・慶応大学教授の講演(八ー十一面に掲載)で述べられているように、北朝鮮のソフトランディングを軸とした東北アジアの国際関係・平和的秩序形成にとって、きわめて重要な問題である。一言で言えば「吸収統一」論の誤りと、統一リスク分散のための戦略的なアプローチ(韓国内の構造改革も含めて)の重要性を、極めてリアルに知らしめたと言うべきであろう。
 言い換えれば、韓国経済の建て直しに一定のメドがつくまでは、北朝鮮の経済的な混乱を何とかして回避しなければならず、万が一そうした混乱が生じた場合にも、それが政治的軍事的混乱に転化することを防ぐために、関係諸国が全力を尽くさなければならないということである。それはこの地域における「唯一の紛争対処装置」としての日米安保(軍事的抑止)ということもあるが、より決定的には北朝鮮の「開放」をいかにおしすすめるかということであろう。南北対話が進まないかぎり日朝、米朝関係の進展に抵抗するというのがこれまでの韓国政府の姿勢であったが、新政権は少なくとも、日米が北の「開放」を促すことには好意的であり、この意味で日朝関係を戦略的に進めていく必要がある。
 朝鮮半島の安定については「四者協議」という枠組みがスタートしているが、日朝交渉などを介した日韓の協調によって、こうした場を当事者のイニシアティブをより重視するものにできるなら、「第二の建国」と北東アジアの国際関係構築をめぐる日韓の新しい歴史段階での信頼関係構築にも資することになる。
 第二に、日韓の関係は「改革競争」の関係に、より本質的に言えば「透明性とアカウンタビリティー」「民主主義と市場経済の成熟」をめぐる社会革命の相互発展関係にならなければならない。
 新政権は、政権準備の段階からさまざまな行財政改革に取り組む方針を打ち出している。IMFプランは万全のものではないが、現在の東アジアに「信任」を回復するための必要条件とみるべきだろう。問題はその実行の公正さを、政治がどう担保するのかということである。少なくとも日本が数年かかってまとめた改革プランを、韓国新政権は二ヵ月足らずでまとめた。大統領制と議員内閣制の違いはあれど、本質的には既得権層に切り込む政治のリーダーシップの問題であろう。
 そして改革の本質問題は、「肥大化し、寄生体となった」国家権力システムを、社会の自主的統治・組織へと、どのようにして置き換えていくかという点にある。このような改革を可能にする社会・国民自身の成熟ー民主主義と市場経済の成熟ーを、相互に促進・発展させていく関係にならなければならない。
 そのために注意しなければならないのは、両国にともにある狭量なナショナリズムである。金大中・新大統領は朝日新聞のインタビューで、日本人も韓国人も互いに隣人のことを考え、「世界人」であることを自覚しなければならないと述べている。
 その意味で、最近の日韓漁業協定交渉の打ち切りは、最悪の選択であった。日本側が国内の合意形成に手間取ったため、経済危機と政権の移行期という「最悪のタイミング」に交渉打ち切りを通告する結果となり、再開への糸口を逃した。どのレベルでの政治判断をしているのか、ということである。
 韓国新政権での対日パイプ人脈は、いったん旧世代に返るだろうが、直面している現実は、まぎれもなく二十一世紀を目前にした「新しい現実」であり、(地球益や地域の多国間協力とリンクした)「新しい国益」である。多国間の協調関係を支えることができるのは、各国における開かれた社会・自立した社会の形成である。大国間のパワーゲームによらない、北東アジアの安定をめぐる多国間協力の重層的な枠組みづくりに寄与するような新しい日韓関係の構築は、日本にとっても韓国にとっても、21世紀の「国家像」に係わる重要な戦略課題である。韓国新政権の誕生を、ここへの転換の好機としていくことがわが国の外交政策にも求められる。
 東アジア、そしてアジア太平洋の各国が、次々と新しい歴史段階における自国の位置、役割を獲得する戦いに次々と入っていく状況は、わが国の改革の行方を根本から問う。これを正面から見据えるところから、抜本的変革の政治潮流を創りだす戦いに着手しよう。