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「がんばろう、日本!」国民協議会
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▼index
□「マニフェストが標準装備になった」からこそ、見えてきた“共有地”
〜〜世論ではなく輿論を〜〜前半戦の総括にかえて

●「お願いから約束へ」選挙戦も大きく変わった
●無党派選挙を、ジ・エンドにできるか?
マニフェストを「世論」から「輿論」にできるか?

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「マニフェストが標準装備になった」からこそ、見えてきた“共有地”
〜〜世論ではなく輿論を〜〜

●「お願いから約束へ」選挙戦も大きく変わった

 統一地方選前半戦では、ほとんどの知事選、市長選でマニフェストが提示されました。まさに「マニフェストは標準装備となった」。もはや「マニフェストなんて関係ない」とは言えない、むしろ「マニフェストに乗ったほうがトクだ」という風潮になっているからこそ、マニフェスト政治文化を俗論に流さずに、確実に定着させていく組織戦が問われています。

 「お願いから約束へ」というように、マニフェスト政治文化やマニフェストによる規律化とは、「約束を実現する責任性」に他なりません。「何を言っているか」「どんな“いいこと”を言っているか」よりも「約束したことを実現する責任や信頼」の裏打ち、また実現のための合意形成・組織づくりへの責任性が、「約束を実現できたかどうか」という事実に基づいて検証されます。(「日本再生」335号掲載の各記事を参照)
だからこそ、マニフェストを掲げた側も、それを選んだ有権者・フォロワーに対して「選んだ責任」を少なくとも四年間は問うことになります。かくしてマニフェストは政策の情報公開の絶えざる運動になっていきます。

 このようなマニフェスト・サイクルを、選挙の組織戦としてもっとも自信を持って推し進めたのは、おそらく松沢・神奈川県知事でしょう。四年間でマニフェストを80パーセント達成したことを具体的に示して「お願いから約束へ」を実感的に伝えるとともに、今回のマニフェストを11本の条例案化してボードを使って説明、市民ニーズがどのように政策形成に反映されていくかを示す、というのが演説のスタイルだったようです。
 同時に松沢マニフェストに賛同する県議、市議候補の応援に駆けつけ、連動しながら議会改革を訴えた。このあたりは都議補選と最後まで連動しようとしなかった浅野選挙とは対照的。マニフェストが標準装備になったからこそ、「政党の支持を受けない」という意味が、それまでとは大きく変わったのです。選挙は、有権者を政策実現の協働者(主体者)へと組織していく最大の組織戦であり、その組織戦に政党がどこまでついてこられるのか、という問題設定になるのです。(都知事選はその対極の構造)
松沢知事のマニフェスト http://www.matsuzawa.com/

政策の情報公開ということでは、単純化や俗化をせずに「わかりやすく伝える」ことも問われます。その工夫という意味では、古川・佐賀県知事のマニフェストが出色だろうと思います。http://www.power-full.com/ (動画つきです!)
また達増・岩手県知事のマニフェスト「希望王国マニフェスト」は、民主党の理念である「公正、自立、共生」から「自立可能な地方自治の確立」を提唱しています。
http://www.tassotakuya.net/modules/tinyd5/
あるいは西川・福井県知事のマニフェストは、一期目の業績評価を踏まえて二期目の課題を着実に提起しており、松沢知事とはまた別のテイストからマニフェスト・サイクルを手堅く前に回すものとなっています。
http://www.nishikawa-issei.com/manifesto.html
このようにマニフェストをめぐる分岐は、既存政党に対する態度や距離をめぐって走っているのではなく、「お願いから約束へ」をいかなる組織戦として展開しているのか、その協奏関係の発展から生じていることが、さらに明確になっています。

 同時に「バッジをつけない」フォロワーの選挙活動も「お願いから約束へ」にふさわしいものへとチェンジしなければなりません。有権者の意識調査では、「マニフェストで投票する」というのは、どの選挙でも「人柄」や「経歴」をしのいで第一位となっています。マニフェストが標準装備になったからこそ、これからの四年間、有権者が自らの選択について検証し続ける運動こそが、マニフェストを俗化させずさらに深く根づかせていく鍵になります。ここでは文字通り、自治分権の主体性を持続的に育て上げていくことが問われています。
 またマニフェストが標準装備になったからこそ、選挙のときだけではなく、日常活動自体がマニフェストで不断に規律化されていくかが、より具体的に問われることになります。選挙互助会としての既存政党においては、政策活動と選挙活動と政治活動は、別個の論理でバラバラに展開されるのが当たり前となっています。しかしマニフェストが標準装備となるにつれ、政策活動と選挙活動と政治活動は、一定の方向性の下に不断に統合され発展していくことになります。ここから本来の意味の政党活動の型が見えてきます。


● 無党派選挙を、ジ・エンドにできるか?
マニフェストを「世論」から「輿論」にできるか?

 東京都知事選挙は、こうしたマニフェスト政治文化がどのように俗化されるのか、無責任な無党派の牙城で、これとの分岐はどこから始まるのかを示す「好例」となりました。
 他の地方選ではレベルの差はあっても「自治分権」が争点となりました。だからこそ、マニフェストも真剣勝負とならざるを得ません。しかし東京都知事選挙では、「自治分権」を争点にする力は、有権者も既存政党も候補者も持ち合わせていなかったからこそ、「反石原」という設定からしか始まらなかったのです。
 ただし、俗論を多大に含みながらも東京でさえ、「マニフェストで選ぶ」がトップになっています。今回の石原知事の危機感は、直接は「都政の私物化批判」によるものですが、同時にマニフェスト型選挙の浸透が自らに有利ではないことの危機感でもあったでしょう。前回までなら考えられなかった、公開討論会への参加に応じたのも、「マニフェストで選ぶ」雰囲気が無党派層にも漂い始めたことへの危機意識のなせるわざであったといえます。
 この雰囲気は、当初は浅野さんへの期待となっていました。しかし選挙戦の陣容が見えてくるにつれて「期待はずれ」「軽すぎる」という失望に、流れは変わりました。とりわけ「青島・ノック現象よ、もう一度」とでも言わんばかりの「勝手連」的選挙戦は、マニフェストが標準装備になった今では(雰囲気のレベルでも「マニフェストで選ぶ」という有権者=大半は根なし草の無党派)から見ても「時代錯誤」に見えたのではないでしょうか。

 「反石原」の雰囲気に乗ればいける、という判断(浅野を乗せるためには「市民からのラブコール」を、という作戦)では、石原都政をめぐる骨太の政策テーマにはかすりもせず、ましてや「自治分権」など最初から別世界、戦術は「反石原」を煽る以外にはないということになります。あとは、世論の動向を見ながら「石原批判」を追加していく。オリンピックしかり、築地移転しかり。こうなれば対照的に石原陣営は、「殊勝な姿勢」とともに八年間の実績を訴えればいける、となるのは当然でしょう。

(マニフェスト型選挙を構えるのであれば、石原都政に替わる21世紀型の「東京構想」を打ち出し、オリンピック招致よりも優先すべき政策課題を提示して、だからこそ招致活動に使うカネをこっちに回すという組み立て方になる。しかし浅野陣営は、例えばオリンピック招致について当初は「再検討」、世論調査で反対が多いとなるや「中止」と、典型的に「風を読む」スタイルであった。しかし、東京の根なし草の「風」ほど無責任なものはない。その後追いで「政策」を打ち出すというスタイルの「無党派選挙」は、いよいよ東京でも通用しなくなった、ということでしょう。参院選でもそれが立証されるのか?)

 今回の選挙を「防戦」として認識しそれに徹していた石原陣営のほうが、ある意味で浅野陣営よりマニフェスト型選挙の浸透を意識していたのかもしれません。浅野陣営=勝手連的市民(「選挙プロ的市民」と、無党派層からも見透かされている)を相手に防戦していたわけではないことは、石原陣営は半ば分かっていたでしょうから。

 かくして「お願いから約束へ」というマニフェスト運動は、有権者のなかにも「世論」と「輿論」の仕分け、輿論を担う責任意識とは何かといったことが具体的に見える新たな“共有地”を拓きつつあります。
(従来、「世論」は戦時中「世論(せろん)にまどわず」などと流言飛語か俗論のような言葉として使われていた。これに対して「輿論」は「輿論に基づく民主政治」など建設的なニュアンスがあった/毎日4/6。戦後、この区別は奇しくも憲法公布と時を同じくして「世論」に統合されることになる。輿論=公論の担い手たる主権者としての国民の自覚を問うことがなければ、「世論」は総無責任連鎖に転じる。)
 発信はできなくてもフォロワー・受け手の側で、世論・俗論に迎合するリーダーなのか、迎合せずに輿論を形成し、公論のうねりを作り出そうとするリーダーなのか、ということも見分けられるようになってきました。
 世論(世間の雰囲気)ではなく、公論としての輿論を復権させる主権者運動―ここから「あるべき」本来の意味の政党の機能が見えてきます。この“共有地”がより具体的に見えてきたのが、統一地方選前半戦の総括です。これをさらに確固たるものにするべく、後半戦を全力で戦いましょう!

この共有地を、点から線へつないでいくことが、今年後半から五回大会(08年1月6日予定)への活動の柱となります。



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石津美知子
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